『植物の生存戦略 「じっとしているという知恵」に学ぶ』

植物の生存戦略―「じっとしているという知恵」に学ぶ (朝日選書 821)

『植物の生存戦略 「じっとしているという知恵」に学ぶ』 「植物の軸と情報」特定領域研究班編 (朝日新聞出版)

著者名の「植物の軸と情報」特定領域研究班というのは文科省の学術支援のもとに編成された研究グループのことで、本書はその研究成果のいくつかを一般の人にも分かりやすい形で紹介しものだ。

内容は「動物と植物 どこが違うのか」 「葉の形を決めるもの」 「4億年の歴史を持つ維管束」など10章、それぞれ専門分野の研究者によって執筆されている。

動物はその場に適応出来ないと環境を変えるために移動するが、植物は移動するのではなく、環境に適応するために自らの形状を変化させる。

一部の損傷が致命的になりかねない動物と違って、植物は再生が容易なのも明らかだ。

読み進めるにつれ、動かないということで静的に見られる植物だが、臨機応変にドラマチックな変化をなしとげるあたり、植物は実に動的でしたたかな生物なのだと思った。

特に面白かったのは、3章「花を咲かせる仕組み 「花成ホルモン」フロリゲンの探索」

植物は茎から次々と新芽が出て葉になり、茎が伸びて大きくなっていくが、ある時点で、花芽(蕾)が出来はじめる。これを「花成」というそうだ。花が咲く「開花」とは区別し、植物にとってはより大きな変化だという。

改めて考えてみると、蕾ができるのはとても不思議なことだ。「次に作るのは葉ではなく、花にする」という指令はいつ、どうやって下されるのだろうか?

以前から日長(昼夜の時間の長さ)を感知した葉で花成ホルモンが作られ、それが師管を通って茎の先端に運ばれ、蕾が出来る…とは考えられてきたが、なかなかその仕組みが解明されずにいたそうだ。

しかし実に70年ぶりに、花成ホルモンの実体をつくるFT遺伝子の発見など、花成に関わる物質や仕組みが明らかにされたという。

3章ではこの仕組みが図入りで解説されている。尚、この発見は「サイエンス」誌が選ぶ「2005年の10大科学成果」の一つにも選ばれたとのことだ。

私はもちろん、FT遺伝子の産物が花成ホルモンの役割を果たているだろう、とは思っています。しかし、その全体像が明らかになってくるにつれて、以前考えられていたように「花成ホルモン=ある特定の物質」という単純な構図は成立しないこともわかってきています。花成という、植物にとって大事なイベントは、1つの仕組みではなく、その仕組がもしうまくいかなかったとしても、ほかで代替できるような複数の仕組みの組み合わせで制御されているはずですし、実際にそうであることもわかってきています。(p70~71)

一つ解明されると、新たな問題が見えてきて、また解明に向けて研究が進められていく。研究する側も研究される側もすごいものだ。

道端でも自宅のベランダでも、植物はあたりまえのように蕾をつけ、花が咲いている。

そこに未だ解明に至らない複雑なシステムがあるとは、なんと身近に未知の世界が広がっていたことかと感慨深かった。

『植物の生存戦略 「じっとしているという知恵」に学ぶ』” に対して2件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >みちこさん
    >肥料になったり、種の運び屋だったりは私も分かりますが、もっと複雑な認知があるのかしら。
    >植物が人間を戦略的にこっそり利用していたとしたら面白いです。
    本の中で面白いと思ったのは、マメ科の植物と根粒菌という微生物の共生です。土の中にいる根粒菌はマメ科の植物の根に取り込まれて、植物の体を作るのに不可欠な窒素を供給するんです。植物は根粒菌に養分を与えて、共存共栄。植物は根に根粒感が付きすぎないように調節もできるらしい。すごいですね。
    認知とは違いますが、花の構造自体が特定の虫しか蜜を吸えない構造にしているものもありますね。不思議なもんです。

  2. みちこ より:

    地球の王は植物ですよね。海の中も含め。
    植物が生存のために自分を戦略的に変化させているのでしたら、周囲の環境を認知する際に、動物というのはどう捉えられているのかしら。肥料になったり、種の運び屋だったりは私も分かりますが、もっと複雑な認知があるのかしら。
    植物が人間を戦略的にこっそり利用していたとしたら面白いです。

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