優男に惹かれる

田中澄江の心中天の網島 (集英社文庫―わたしの古典)

『田中澄江の心中天の網島』 田中澄江 (集英社文庫)

近松門左衛門の作品の現代語訳

収録作品は『曾根崎心中』 『堀川波鼓』 『冥途の飛脚』 『大経師昔暦』 『国姓爺合戦』 『心中天の網島』 『女殺油地獄』

心中、姦通、公金横領、強盗殺人と、話の主人公たちは人間の愚かさ、弱さを露呈する。

彼らは当時も今も、卑下され、憐れまれ、虐げられる存在だ。しかしそう見下す側も、彼らと一体どれほどの違いがあることか。近松の「人間とはかくも弱く儚いもの」というメッセージが伝わるような気がした。

何れの作品も男性より女性の人物描写、心理描写が印象に残った。

江戸という封建社会で、表舞台に立たない女性をきめ細やかに描くことで、物事の本質本音をよりリアルに表現できたのではないかと思った。

遊郭その他で男性の遊ぶ場所は事欠かないが、歌舞伎、人形浄瑠璃は女性も何憚ることなく楽しめる。その女性を描くことで、多くの女性客を虜に出来るという算段もあったのでは、とも・・。

「曾根崎心中」「心中天の網島」にあるように、当時遊女と客との心中は病的流行を見たそうだ。

前者は、共に貧しい遊女のお初、商家の使用人徳兵衛が、愛を貫くために心中を選ぶ。後者は、遊女小春と老舗の紙屋治兵衛が、治兵衛の妻おさんに詫びながら結局は心中する。

どちらの男も実に不甲斐ない、気弱な、頼りがいのない優男なのだ。

言ってみれば、遊びの下手な不器用な男。世渡り上手に遊べなかったところが真摯に見えたか、魅力なのか・・

近松はどの作品も、男女の色恋沙汰のうつろいやすさに対し、親が子を思う気持ちを実に切ないほど一途なものとして書いている。

子がどんな不始末をしでかしても、ぎりぎりのところで見捨てない。たやすく情は消えない。

すぐに死んでしまおうと考える男女とそれは、対称的に思えた。

近松作品は、題名は知っていたが中身をとんと知らなかった。

現代にも十二分に通じる面白さだ。結局、人間は人間に対する興味が尽きないものなのだなぁと思う。

優男に惹かれる” に対して1件のコメントがあります。

  1. rira_rira(SORA) より:

    田中澄江さんが訳をなさっているのですね。
    近松はどろどろした人間の内面を描いて読み応えアリ、
    と学生時代によく思ったものでした。
    kyouさんの読書のテリトリーは多義に渡っていて
    いつも感心しています。

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