どこから読んでもレオナルド! ― レオナルド・アンソロジー

レオナルド・ダ・ヴィンチの世界―All about Leonardo

『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界―All about Leonardo』 池上英洋/編著 松浦弘明・宮下規久朗 他/著 東京堂出版

レオナルドの多彩な世界を、各々の専門家18人が執筆している。

個々が響きあってレオナルドの全体像が立ち上ってくるよう。アンソロジーの醍醐味が味わえた。

<自然科学>

「レオナルドの解剖学」 藤田英親 

「レオナルドと数学」「レオナルドと工学」 田畑伸悟

「レオナルドの天文学・地理学」 小谷太郎

「レオナルドの建築」 小倉康之

「レオナルドの黄金分割と遠近法」 向川惣一

「レオナルドの手稿について」 金山弘昌

<芸術>

「レオナルドの絵画・素描」 松浦弘明

「レオナルドと音楽」「レオナルドと演劇」 森田学

「レオナルドの彫刻」 伊藤淳 

「レオナルドの鉱脈」 宮下規久朗

「光・影・大気」 田中久美子

「工房というシステム」 金原由紀子

<人と時代>

「レオナルドの生涯と周辺」 池上英洋

「レオナルドの精神構造」 藤田英親

「キリスト者としてのレオナルド」 石原綱成

「レオナルドの時代の政治と宗教」 松原知生

「レオナルドと<モナ・リザ>を語る言葉」 小野寺玲子

「壁画<最後の晩餐>の修復」 大竹秀実

「レオナルドと近代日本」 谷口英理

どうだ!というくらいのラインナップ。

特に自然科学の各タイトルは、普段目にすることもない苦手なジャンルだけに、難しさもあったけれど、レオナルドを通してということで興味深く読むことができた。

「レオナルドと工学」の中で、

レオナルドは、芸術家としてそのキャリアをスタートし、また現在でも最も評価されているのは芸術家としての人生であると言っていいい。だが、彼の人生の中で技術者として生きていた時間は、実は芸術家としての人生よりも長かったのだ。 (p46)

群雄割拠するルネサンスという時代が彼に求めたものは、平和な時代では考えられなかったことなのかもしれない。

それが幸か不幸か分からないが、結果として作品に革新的ともいえるレベルの高さを与えたことは間違いない。

が、同時に絵画に没頭する時間も削られていたことも改めて感じた。

レオナルドは、よく言われるように科学者であっただろうか。その方法論は、確かに経験よりも実験の重要視という科学的な姿勢と思考を持っていたが、レオナルドが志向していた方向性は、明らかに現実の用途を果たすための実践的な手法の開発にあった。彼が科学的な取り組みを見せたのは、技術を補完するためであって、科学そのものを志向していたわけではない。このような姿勢そのものが、彼を科学者というよりも工学者として定義するのに十分な理由とならないだろうか。 (p69)

全くの門外漢の私には思いもよらなかったが、レオナルドが、絵画を含めて常にものづくりの現場で研鑽を積んできたことを考えると、とても納得がいった。

絵画は彼にとって、様々な分野の実践的な手法・技術が結実の場であったのかもしれない。

一つずつ取り上げていくときりがないほど、内容の濃いものばかり‥‥

「レオナルドの絵画・素描」では、ヴェロッキオ工房時代から晩年までの主要作品の解説と併せて、レオナルドの絵画技術や思考を掘り下げていて、大変勉強になった。

「レオナルドの生涯と周辺」では、ルネサンス時代の一人間の生き様、儘ならない人生の浮き沈みをうかがい知ることができる。

ハンディを克服し、絶え間ない努力と探究心によって「知の巨人」となりえたレオナルドに、畏敬の念が湧き上がる。

でははたして彼は、満足して死んでいっただろうか。彼は死の前年になっても、「私は続けるだろう」とメモに書く。何をかはわからない。しかし、まだ何かを諦めてはいなかったのだ。 (p338)

レオナルドの人生は、苦悩に満ちた人生だったのか、喜びや希望に満ちた人生だったのか‥‥たぶん両方であったのだろう。

続けることは苦悩と希望の繰り返しでもある。

レオナルドの「聖アンナと聖母子」の、悲しみと喜びが混在したマリアの顔が、脳裏を過った。