あらためて受胎告知を

なんだかんだでブログに書けずじまいでいたが、「若冲展」に行く前に、特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ - 天才の実像」で「受胎告知」を見ていた。

美術に興味のある人なら、画集で何回も見たことのある絵だと思う。

けれど、実物はどんな写真より鮮やかで、奥深く、正真正銘の本物と対面したときの興奮と感動を与えてくれた。

会期も残すところ後わずかだが、幸運なことにもう一度、見に行くことができそうなのだ。

そこでこの本を読んでみることに。

レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)

『レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知』 岡田温司・池上英洋 (平凡社ライブラリー)

前半は岡田氏。「受胎告知」とは何かから始まって、絵画以外での取り上げられ方など、ルネサンスの「受胎告知」の概要が述べられている。

先に読んだ『処女懐胎』の一部を含んだもので、今回、なるほどこれは分かりやすいと思ったのが、一般にルネサンスの「受胎告知」を鑑賞するときに三つの軸線に注目すると、その絵の特徴や意味が理解しやすいとしていたところ。

フィリッポ・リッピ「受胎告知」

‥‥原理的に次の三つの軸線によって成立していると考えることができる。すなわち、天使とマリアによって告知の物語が演じられる横の軸線、天上の神と地上の出来事をつなぐ縦の軸線、そして消失点へと後退する奥行きの軸線である。それぞれの軸線に対応するのが、順に、感情表現、「受肉」の象徴、線遠近法ということになる。(p106)

さらに何故「受胎告知」と線遠近法が密接な関係にあったかについては、

目に見えない神が、人間という目に見える形をとる「受肉」、無限が有限に置き換わるということが、無限の三次元空間を有限の二次元平面に置き換える方法としての線遠近法とうまく呼応しているということのようだ。

「「受肉」の神秘を伝える受胎告知というテーマは、幾何学的な線遠近法の理念とぴったり重なっている」(p113)

なるほどと思って、レオナルドの「受胎告知」に当てはめて考えると、逆にその特異性が確認されることにもなる。

レオナルドの絵は横軸と線遠近法はすぐに見て取れるが、父なる神とマリアとの縦軸はあまり感じられないこと。

またどこまでも続くような線遠近法の強調は無く、空気遠近法が使われているのが分かる。等々。

後半の池上氏は、タイトル「レオナルド《受胎告知》解体」のとおり、詳しい分析と解説がなされている。

この作品が二十歳そこそこで描かれたことを踏まえて、「受胎告知」をレオナルドの思索の起点としてとらえていて、且つそこに「受胎告知」の魅力と重要性があるということが読み取れる。

レオナルドを神格化するのではなく、一人の成長していく人間として評価しているところがとても印象に残った。

同展覧会でさかんに説明がされていた、この作品を見る正しい位置(画面の斜め右側から見る)についても、氏はあくまで消失点のある画面の中央真向かいで見るべきだと解説されていて、充分納得がいった。

当時の工房での制作方法も興味深かった。

中心的な画家とその弟子によって共同制作されていたことは想像していたけれど、ここまで専門的になっていたとは知らなかった。

たとえばラファエロの絵に登場する楽器は全て、ラファエロ工房のある一人によって描かれたものだそうで、レオナルドのいたヴェロッキオ工房で布ばかり描いていたとか、手すりのような建築モチーフが得意だったものがいたとしてもおかしくはないそうだ。

名脇役で制作活動の一生を終えた人も多いということだろう。

背景に特殊な精神性を込めて緻密な風景を描き込むなど、レオナルドのような特殊な画家が登場するまではほとんど誰も考えもしなかったことなのだ。(p159)

人間の存在を自然界の一部とすることのできる、先進的な科学の目と同時に、人間の中に人間を超えた崇高なものを感じていたようにも思えた。

レオナルドの「受胎告知」では、植物の描写がとても目を引く。

それについても「百合と植物」「花園の聖母」で詳しく取り上げられている。

シルエットが印象的な糸杉については、糸杉は天に向かってまっすぐ高く伸びることから、強い信仰の美徳を意味するものだそうで、受胎告知という「神の意志の地上世界への介在場面」にふさわしいモチーフであるとのことだ。

レオナルドがインスピレートされた作品としてあげらていたのが、このアレッシオ・バルドヴィネッティの《受胎告知》だ。

私は画集でしか見たことが無いし、多くの作品を見たわけでもないが、バルドヴィネッティの作品が好きだ。

特にテンペラの「聖母子」は、背景の風景にも自然な空気が漂い、静かで調和のとれた世界が広がっている。

マリアは日本画の菩薩像のような柔らかさがあって、違和感なく敬虔な気持ちになれる。

アレッシオ・バルドヴィネッティ「聖母子」

最後に書かれていた「受胎から再生へ-ひとつの試論」は、レオナルドという人間の深遠に迫るものでとても興味深かった。

異質である「洗礼者ヨハネ」を広義における母性の一環とすることで、誕生のメカニズムと両性具有性の完全性、天使と洗礼者ヨハネ、母性と再生といったキーワードが完結した輪になる‥‥

私には難しい内容で、まだはっきりと捉えられないところが多々ある。少しずつでも理解を深めていけたらと思った。

特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ - 天才の実像」

http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=3859

あらためて受胎告知を” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >みちこさん
    とても混んでいましたが、やはり実物の輝きは代えがたいものがありました。
    マリアの表情をどう読むかも、面白いですよね。
    絵によっても色々だし、レオナルドのマリアは静かに受け止めているといった感じですが。

    >という話を聞いたのは、kyouさんからでしたか?
    いえいえ違うと思いますよ。最先端技術とのからみなんて知らないですよ(笑

  2. みちこ より:

    とうとう、見に行く機会を逸してしまいました。
    2度も見にいけるなんて、いいですねえ。

    20歳そこそこで描いた絵とは知りませんでした。
    天使の深刻な表情と、清純そのもののマリアの顔。
    まるでSF世界のような糸杉の背景。

    この貴重な作品を、何故日本に呼ぶことが出来たのか、という話を聞いたのは、kyouさんからでしたか? 日本の最先端技術とのからみでしたが?
    2度目の閲覧の感想も楽しみにしています。

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