花の水やりに思う

毎年、夏休みにキャンプに出かける。

三泊四日くらいのものだけれど、その間ベランダの花はというと・・・

同じマンションにいる友人に鍵を預けて、花に水をやってもらう。

キャンプに限らず、お互い何日か家を空けるときは、鍵を預けあってベランダの花に水をやる。

関西にいた彼女がこちらに引っ越してきたのはもう、10年以上前になる。

当時は共に子供が小さくて、色々と大変なことをそれぞれ乗り越えて来た。

私はちょっと戦友みたいだな、と思う。

でも最近は子供が大学、中学校、小学校に分かれてしまったこと、

私が少し仕事を始めたことや彼女が趣味の教室を開いたこともあり、会うことがめっきり少なくなった。

以前だったら当たり前のように頼んでいた水やりだけど、今年は少し言い出しづらいような気がしていた。

お互いの予定もあるので、そうそう、ぐずぐずもしてもいられない・・・。

久しぶりに電話をしたら、変わらぬ大らかな彼女で、とたんに気持ちが明るくなった。

近況報告やら何やらで、めずらしく長話してしまった。

そんな戦友との「花の水やり」だけど、これがあと数ヶ月の期限付きだ。

来年には、とうとう彼女は引っ越してしまう。

居て当たり前の人がいなくなるのは、淋しいんだろうな。

出会った頃のこと・・・なんだか夢のように思い出すよ。

花の水やりに思う” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >ワインさん
    子供が生まれて初めて、自分だけではどうしようもないことがある、ということを痛感しますよね。
    それまでは、自分さえ頑張れば自分の力で解決できた。
    その方がずっと面倒じゃなくて、手っ取り早かったし、簡単でした。
    でも、何より子供が子供の輪に入って、楽しく幸せそうに遊ぶのを見ていると、親としても自分の殻に閉じこもっているわけにもいきませんよね。
    本当に、子供がいなかったら経験しなかったこと沢山あります。
    いたから出来なかったこともあるけどね。

    >ちょっとおいてけぼりみたいな寂しさを感じます。
    世話を焼いているうちがハナなのかしらね。
    子供がどんどん自分の世界を持ち始めると、心配の種もどんどん増えるんでしょうね。
    あ~ぁ、親って因果なものだわ。

  2. ワイン より:

    戦友、そうですね。いっしょに子育ての苦労をした仲間って、そういう感じですよね。
    だから大切で特別な友達になれるのね。
    子供が小さい頃は、ぜったいに自分たち家族だけじゃ解決できない問題があるものね。だって、子供は社会の中で育つのだから。子供を通して、親も周りの人たちとかかわらざるを得なくなるのだけど、それが親にとってもすごく大切なことなんですよね。子供が大きくなって自分で自分の交友関係をつくりあげるようになると、親の出る幕無し・・ちょっとおいてけぼりみたいな寂しさを感じます。

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