『過激な隠遁  高島野十郎評伝』

過激な隠遁―高島野十郎評伝

『過激な隠遁  高島野十郎評伝』 川崎浹 (求龍堂)

昭和29年10月、24歳の院生だった著者は友人と秩父の山へに遊びに行き、とあるバス停で小脇にスケッチブックを抱えた紳士に出会った。

ひと月後の11月、上野にルーブル美術館展を見に行き、長蛇の列に並んでいると、入り口から山で出会った紳士にまた出会った。

翌年の春、渋谷にゴヤ美術展を見に行き、《ロス・カプリチョス》の一枚に見入っていると、展覧会を見終えて出てくる件の紳士とまた出会った。

この三度の偶然が、著者・川崎浹と画家・高島野十郎の出会いで、後に画家は「これはもう運命だよ」と言ったそうだ。

そして、その言葉に違うことなく画家が亡くなるまでの21年間、著者は高島野十郎にとって、唯一の親交を深めた人物となった。

本書は同じく求龍堂から出ている『高島野十郎画集 作品と遺稿』と重複する部分もあるが、野十郎自身が書いた『小説 なりゆくなれのはて』が収録され、また自筆の「ノート」のカラー写真などもあり、実に興味深かった。

世の中に背を向けた野十郎だが、皮肉なことに人生で2度も自宅アトリエを奪われる不運に見舞われた。

一度目は青山のアトリエを東京オリンピックに伴っての道路建設で追われ、ニ度目は移転先の柏市増尾のアトリエを大手開発業者の団地建設で立ち退きを余儀なくされた。

野十郎は増尾のアトリエを「私にとっては天国」と言って、正に晴耕雨描で作品を生み出していたところだった。それが再度、高度成長期の波に飲み込まれた格好になったのだ。

『小説 なりゆくなれのはて』は、この開発業者との顛末を日記風に書いたもので、野十郎の憤怒と抵抗が読み取れる。

本書を読んで改めて高島野十郎という人物を見てみると、確かに画家としての彼は、画壇とは一切無関係で、孤独に写実を追求した人物ではあったが、その彼に援助の手をさしのべる親戚や友人、近所の人たちが、少数ながらもいたことが分かる。

お世辞にも、人当たりの良い円満な性格とは言えない彼が、画家一本でやっていけたのは、絵を購入したり、老後の彼の生活に心配りをしてくれた人の存在があったからと言えるのではないだろうか。

そして、彼らの善意を引き出したのは紛れもなく、高島野十郎という画家が誰もが願う平穏な生活を捨て、厳しく自分を律し、ひたすらに絵を描く姿があったからだ。そこに嘘のない本物の芸術家を見たのだろうと思う。

野十郎は近所の人たちから、ただの「画家さん」と呼ばれていたそうだが、ただ者ではないことは、彼らが一番分かっていたのかもしれない。

老年、一人で暮らすことがどうしても無理になり、特養ホームに入ってもらう事になったとき、自宅の柱にしがみついて拒否したという。

「だれもいないところで野たれ死にをしたかった」と野十郎は言ったそうだ。

本当にそうして死にたかったと思う。でも、周りは流石に野たれ死にをさせるわけにはいかない…。

野十郎と自分以外の人との間には、彼が草木に感じる以上の隔たりがあったようにも思える。それは彼の風景画に描かれた芥子粒のような人間を見たときも感じたことだ。

彼は思いどおりにならぬ人生を、人一倍感じ、諦めていたに違いない。だからこそ、絵には絶対を求めたのだろう。

野十郎の絵を見ていると、画家がとことん追求し到達した真理のようなものが感じられる。それはもはや写実とか何々主義ということとは、関係のないことだと思う。

高島野十郎画集―作品と遺稿

『高島野十郎画集 作品と遺稿』 監修/川崎浹, 西本匡伸 (求龍堂)

『過激な隠遁  高島野十郎評伝』” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >榊和也さん
    はじめまして、コメントいただき有難うございました。
    「諦」は諦観、本質を見極めることですね。
    おっしゃるように野十郎は物の本質や真理が描写されていますね、表面だけが酷似している写実とは一線を画すものだと思います。なかなか出来るものではありません。

    己が描くべき絵の確固たる指標を持っている野十郎は、それに向かって誰にも邪魔されず日々精進、画家としては充実した人生だったのかもしれないと、生意気ですが、思ってしまいました。
    それは本当に辛いことなのかもしれないし、そうでないかもしれない。ご本人にしか分からないことだと思います。

  2. 榊和也 より:

    はじめまして。「彼は思いどおりにならぬ人生を、人一倍感じ、諦めていたに違いない。だからこそ、絵には絶対を求めたのだろう」この言葉に心を打たれました。高島野十郎評伝。いつも気になって何度も読んでしまう野十郎の言葉があります。「藝術は深さとか強さとかを取るべきではない。「諦」である」諦(たい)とはあきらめという解釈のほかに、「明らかにする」「正しく見る」、さらに「真理」 という意味があるそうですね。おそらく後者の意を指しているのでしょうが、感慨深い言葉です。

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