『浮世絵師又兵衛はなぜ消されたか』
『浮世絵師又兵衛はなぜ消されたか』 砂川幸雄 (草思社)
著者はフリーの編集者としての仕事や単行本の執筆をされている方で、日本美術が専門という方ではないそうだ。
ということで、本書は作品自体を論じたり解釈したりする美術書というわけではない。岩佐又兵衛という稀有な絵師を、後世の美術史家や評論家がどう解釈し、どう評価してきたかを残された資料をもとに徹底的に調査したものだ。
専門外の著者だからこそ、公平な立場で事実を記しているように思えた。
著者が又兵衛にのめり込む切欠は、ある仕事の関係で「日本美術絵画全集・第十三巻・岩佐又兵衛」(集英社)という画集を見たことだという。
その時、初めて見る又兵衛作品に衝撃を受けたが、これほどの画家がいたことを、いったいどうしてこれまで知らなかったのかと、不思議でならなかったそうだ。
さらに、どういうわけか「MOA美術館」が又兵衛作品を多数所有しており、そこにも何か面白いドラマがあるに違いないと思ったそうだ。
著者が又兵衛を知らなかったのも当然で、画集はその前年の1980年発刊されたもので、一般向けとして岩佐又兵衛の全貌が紹介されたのは、それが初めての画集だった。
「浮世又兵衛」として江戸時代から知られていた又兵衛にしては、いくら謎の多い絵師としても画集が出されるのが遅すぎる‥‥。
それにはいくつかのことが関係していたようだ。
一つは、「浮世絵」の創始者が誰であるかの論争で、浮世絵版画を確立した菱川師宣を創始者とする当時の有力な学者によって、肉筆浮世絵の又兵衛が不当に格下に追いやられたという一連のゴタゴタ。
後にこの学者は軍国思想を吹聴し、学者としての信用を落とすことになったそうだ。
また一つは、大掛かりに行われた又兵衛を含む肉筆浮世絵の展覧・即売会が、全くのでっち上げ、全て贋作だったという「春峰庵事件」の存在。
ある浮世絵の権威は、贋作を堂々天下の絶品として窮地に追い込まれ、以後一切の公職から身を引くことになったそうだ。
などなど、又兵衛をめぐっては不幸な歴史があったといえる。
著者は好奇心の赴くままに又兵衛について多岐、詳細に調べている。その姿勢が心地よかった。
一部の偏狭な学者や時の権威によって、又兵衛は正当に評価されず、なかなか日のあたる場所に出られなかったこと状況が見えてくる。何とも罪なことだと思った。
現在はかつて異端、奇想といわれた画家たちが、むしろ主流になりつつあるほどの勢い。岩佐又兵衛もまたしかりだ。