水晶玉に映るもの

狙った獣 (創元推理文庫)

『狙った獣』 マーガレット・ミラー/著  雨沢泰/訳 (創元推理文庫)

こちらは、前回読んだブラックユーモア的な『ミランダ殺し』とは打って変わって、解説にある言葉を借りれば「サイコスリラーの古典的な名作」。

今では同じような趣向の小説は沢山あるが、登場人物が抱える孤独の深さをじっくり噛みしめることが出来る点で、今でも色褪せていない。

50年代アメリカの繁栄の中で、病んだ心を持つ人が確実に増えてきていることを端的に表している作品。

ある日、ヘレン・クラーヴォーは、終の棲家としているホテルで、エヴリン・メリックなる女性から一本の電話を受けた。

エブリンは一方的に話を続け、ついにはヘレンが事故に遭い、手足がちぎれ、血だらけになる様子が水晶玉に映っているなどと不吉な事を言い出した。

不安に駆られたヘレンは、亡父から縁のある投資コンサルタントのポール・ブラックシアに、エヴリン・メリックなる女性を捜してほしいと依頼したのだった‥‥。

エヴリン捜しの中で、次第に幸福とは言えなかったヘレンの家庭環境が垣間見え、亡くなった父親、母親のヴァーナ、弟ダグラス、そして彼女自身も問題を抱えた人間であることが分かってくる。

ダグラスの人生ときたら、猛烈なスピードで車を走らせながら、赤信号で停止するたびに大急ぎで粘土細工をこねまわし、メロディを吹き、詩的な言葉をひねりだしては、気まぐれに窓から抛りだしているようなものだった。信号が変わってしまうので何ひとつ完成するものはなく、窓から投げ出される物は、いつも車のスピードと突風のせいでゆがんでしまうのだ。 (p102)

ダグラスは、陶芸、クラリネット、詩、アボカドの栽培等々、やっては投げ出していて、母親は彼を全く理解できずにいる。彼の救われなさが痛いほどに感じられて印象に残った。

彼は人生を刹那的な感情で消費している。感情の起伏や一時的な衝動を生きている証と勘違いしている。だが、読み進めていくと、彼には家族に打ち明けられない大きな悩みがあることが分かる。

その悩みがあっては、彼には何をやっても意味はなく、ただ時間を埋めるだけのものなのだ。人は時間じゃなくて、心を埋めるものがなければ生きていけない。私は母親として、子供がこんな風だったら‥‥と心に引っ掛かった。

ある時、ブラックシアがダグラスとヘレンの母親を「誰かを責めずにはいられないが、自分を責めることはできないのでしょう」と言うところがあったが、いつも他人のせいにして自責の念に駆られない母親がまともな子育てが出来るとは思えなかった。

未熟な子供と未熟な母親、これでは共倒れだ。是が非でも外から救いの手が必要なのだが、それさえも母親は拒むかもしれない、未熟なプライドゆえに‥。

閉鎖的な子育ての悲劇はいつの世も同じだなぁと、親子関係の難しさを考えさせられた。

展覧会

次の記事

曖昧な豊かさ