ルネサンスの成功者―ペルジーノ
会期終了ぎりぎりだったが、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で「ペルジーノ展」を見てきた。
一昨年の「プラート美術の至宝展」に続くルネサンス絵画の展覧会で、点数こそ少なく、レオナルドのような大規模なものではないが、ルネサンスの工房制作や徒弟制度などを垣間見ることができる面白い展覧会だった。
ペルジーノ(ペルージャの人という意味。本名はピエトロ・ヴァンヌッチ)はレオナルドと同年代の画家だ。彼はレオナルドとは対照的にフィレンツエやペルージャに工房を開き、親方として精力的に作品を残し、名声を得た。
明るい色調、甘美で親しみやすい聖母、線遠近法、穏やかな風景、デザイン化された構図、パターン化された人物などが特徴で、見る者に満ち足りた安心感を与える。
ラファエロの父は彼を「神のごとき画家」と称え、ラファエロ自身はペルージャのペルジーノ工房に弟子入りして、その甘美さを受け継いだ。
工房で弟子を使って多くの注文をこなし、一定の質を確保するための方法として、紙に描いた原寸の下絵(カルトーネ)の使用があげられる。
どちらの絵の天使も、それぞれ同じ下絵が使われているのが分かる。
《聖母子と二天使、鞭打ち苦行者信心会の会員たち(慰めの聖母)》 | 《聖母子と天使、聖フランチェスコ、聖ベルナルディーノ、信心会の会員たち》(正義の信心会の旗幟) |
右側の絵の「旗幟」とあるのは行列で掲げる絵との事。作品はキャンバスにテンペラ・油彩で描かれいる。
聖母子を中心にシンメトリックな構図で、必要なモチーフがバランスよく配置されていて、典型的な信仰のための絵という感じだ。
画像では見えにくいが、左下端、聖フランチェスコのうしろに、先のとがった白い覆面をかぶった人たちが描かれている。
彼らは信心会の会員で、見栄を捨てて尽くす為に顔を隠しているのだそうだ。
匿名性はあるのかもしれないが、かなり目立つと思ったり‥‥
この絵には額がなく、木枠にキャンバスを張った状態で展示されていた。
そのキャンバスの張り方が、普通のキャンバスとは違い、目を引いた。
太目のテグスのようなものでキャンバスとワイヤーを結び、そのワイヤーを金具に通してあった。いつの時代からこのような方法で張っているのかは分からないが、興味深かった。
他に印象的だった作品が二点あって、一つはペルージャのサン・ピエトロ大修道院の多翼祭壇画のプレデッラ(裾絵)。
30cm四方くらいだろうか、3点並べられていて一人ずつ聖人が描かれている。
《聖マウルス》
中でも俯いて書物に目を落としている聖マウルスがよかった。
型に嵌った聖人像ではなくて、人間としての精神性が感じられるような気がした。
印象派あたりの絵のようにも見えるほど、新しい感じがした。実物は背景の青がもっと濃く、黒い僧衣とこれほど明暗の差はなかった。憂愁が漂っていて、ふとピカソの青の時代を思い出した。
もう一枚はルネサンスの肖像画として有名な作品だ。是非見てみたかった一枚。
《少年の肖像》
こってりとした油絵らしい密度が封じ込められたような肖像画だ。
聖母子や聖人ではない「個人」を描いているところが素晴らしい。16世紀は肖像画が市民権を得た時代といわれている。
理想の人物像から個性の見える人物像に変わっていったということだろう。
この少年のモデルは、ペルジーノのフィレンツェ時代に、近所に住んでいた公証人ブラッチェージの息子であるという。
この悩ましげな美少年はいったい何を考えているのだろうか。
描かれてから500年あまり、黒い瞳に魂が吸い込まれる思いをした人が何人もいたことだろう。
小説でも書けそうな肖像画だ。
展覧会は期間が長いと思っていると、何かと用事が出来たり、体調が悪くなったりして行けないことがよくある。
これから気を抜けないのが8/26までの「パルマ―イタリア美術、もう一つの都 展」
コレッジョやパルミジャニーノの作品が見られる貴重な展覧会。
マニエリスムの蛇状曲線(フィグーラ・セルペンティナータ)を堪能できるといいな。