今年はこの作家から
殊能将之の『ハサミ男』が面白くって、すぐ次が読みたくなった。
『美濃牛』『黒い仏』『鏡の中は日曜日』と順当に読んだ。
『美濃牛』 殊能将之 (講談社文庫)
『ハサミ男』は現代的な心理描写と都会的な町中での殺人だった。
『美濃牛 MINOTAUR』では一転、舞台は山間の集落だ。
山村、資産家一族、骨肉の争い、美少女、猟奇殺人、鍾乳洞‥‥と来れば横溝正史の世界。
この作品は横溝正史、江戸川乱歩へのオマージュ、といった観が濃厚だ。
ギリシア神話は言わずもがなで、各章の冒頭には古今東西の作品からの引用が掲げられ、
象徴であったり、警句であったり、またその数も尋常じゃない。
洞穴に張り巡らされた蜘蛛の巣のごとく、書物の網に引っかかりながら読むのも楽しかった。
話の発端は、雑誌社に持ち込まれた病気を治すという「奇跡の泉」の取材依頼。
フリーライターの天瀬啓介とカメラマンの町田亨は、依頼者の石動戯作(いするぎぎさく)と共に岐阜県暮枝村に向かう。
折から一帯にリゾート計画が持ち上がっていたが、大地主の羅堂陣一郎は「蘿堂庵」に隠居住まい、長男の真一は憑かれたように「美濃牛」の飼育をするばかりだった。
そんなある日、「奇跡の泉」のある鍾乳洞の前で死体が発見された‥‥。
この小説では何といっても「名探偵 石動戯作」が生み出されたことに注目だ。
以後の作品で名探偵をつとめることになる人物で、奇妙にとぼけた感じで何ともつかみ所が無い。
偶然にも順当に読んで正解だったと一安心。
ショッキングな『ハサミ男』とは別の、手堅い読み応え。正攻法で読者を納得させた推理小説だ。
『黒い仏』 殊能将之 (講談社文庫)
『美濃牛』で確かな質の高さを見せつけた後、さて今度はどんな作品だろうと、読む人誰もが気合を入れて読み始めたと思う。
今度は、古の天台僧・円戴が唐から持ち帰ったとされる宝を探す。
名探偵・石動戯作は、助手のアントニオを伴って東京から福岡へ旅立つ。
読み進めて→ → そして誰もが「えっつ!?そんなのアリデスカ?」
「この小説はそういう方向ナンデスカ?」と声を上げたことだろう。
賛否両論だったと言うが、さもありなん。
怒りがこみ上げてきた人もいるんじゃないかな(笑
私は結構好きだけどなぁ、こういう小説。
順当に読んだ結果、このような驚きに出くわしたってことで。これも一得。
予備知識無しに読んでラッキー。
『鏡の中は日曜日』 殊能将之 (講談社文庫)
本格とか、メタミステリとかそういう区分はよく分からないけれど、劇中劇、小説中小説の重層感、交錯する時間が面白かった。
流石に注意して、手の内も若干呑み込めたかなぁと思いつつ読んだのだが‥‥。
全体に重すぎないテイストは、石動戯作のキャラクターの成せる技だろう。
今回、石動戯作は数年前に起きた事件の再調査を依頼される。
その事件は、仏文学者・瑞門龍司郎の館「梵貝荘」で、「火曜会」が催された夜に起きた殺人事件だった。
事件は、会に出席していた水城優臣によって解き明かされ、犯人は捕らえれ事件は解決した。
そして水城優臣こそ、石動戯作がリスペクトする名探偵だった。
彼の推理に誤りはあるのか‥‥?
小説の導入、おねしょをしてしまうぼく、優しいユキ、こわい父さんの部分がとてもデリケートで引き込まれた。
やがて起こる悲劇。さて、これがどう展開し、どう繋がっていくのか。
『ハサミ男』 『美濃牛』 『黒い仏』 『鏡の中は日曜日』と続けて読んで、殊能将之という推理作家は、なんて頭脳明晰で、ユーモアのある人なんだろうと、つくづく恐れ入ってしまった。
白状すると、私は難しいカラクリが理解できないことがあるし、全然知らない高尚な引用も多々あった。
でも「まっ、とりあえず全体として楽しめればいいかっ!」なんてアバウトに思ってしまった、推理小説の読者としては、あるまじき者だ。
“今年はこの作家から” に対して4件のコメントがあります。
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>羊男さん
そうですね、鎌倉の仏文学者で、魔王に龍司郎と来れば、澁澤を連想せずにはいられませんよね。
>昔の「新青年」系の作家は推理小説としての楽しみ以外にモチーフやら雰囲気だけでかなり楽しめますから‥‥
すごいカラクリはなくても、あの頃の作品ってどこか品の良い味わいがありますよね。
エログロにも独特なノスタルジーを感じちゃいます。
殊能作品はそういう癖のある重さはないけれど、読み飛ばせるような軽い感じでも無くて、微妙なさじ加減が良いのかも。
『美濃牛』は面白さが予想できましたが、『黒い仏』の未知な面白さも惹かれましたよ。
理屈より幻想を楽しみたいのかもしれません。
私は、アントニオが妊娠三ヶ月を当てた時に「これはアリエナイ」って思いました(笑
分かるわけ無いですもん。
一気読みですね。私もそうでしたが、続けて読みたくなる力のある作家ですよね。
でも寡作な人なので、すぐに読むものがなくなってしまうのが難です。
「梵貝荘事件」は登場するマラルメ文学者のモデルがありそうな感じで、私なんかはよく知らないので、澁澤龍彦を想像して楽しんでました。
私も推理小説は苦手でカラクリにもあまり興味ないんです。
でもこういう作家は読まないともったいないですよね。
昔の「新青年」系の作家は推理小説としての楽しみ以外にモチーフやら雰囲気だけでかなり楽しめますから、その系統かなあと思って読んでます。
>みちこさん
『ハサミ男』から順番に読むのが良いと思いますよ。面白くて一気読みです。
『ハサミ男』以外は石動シリーズです。その中では『鏡の中は日曜日』が一番好きかな。
うーん。面白そうですね。どれか一冊最初に読むのに、お勧めはありますか?読んでみます。