絵の中の人物

ブリューゲルの家族―幸せをさがす二十五の手紙 (光文社文庫)

『ブリューゲルの家族 幸せをさがす二十五の手紙』 曽野綾子 (光文社文庫)

図書館で偶然手に取ったブリューゲルの画集‥‥。

主人公の女性は、絵の中に息子とそっくりな人物を見つけ驚く。それが切欠となってある作家に手紙を書き始めた。

一通、一通、ブリューゲルの絵に寄せて、息子や夫、知人のことを書き綴った。

彼女はブリューゲルの絵を芸術的にどうか、などという見方をしているのではない。

もっと親密に、もっと個人的に、自分に関わることの真の意味を探すべく、絵を注視していく。

だから、画面の主題とは全く関係無いほんの小さなこだわり、ある部分の描写に目が行くことがある。

その意外なポイントと、それからの展開が手紙を垣間見る読者の興味になるのだが…。

淡々綴られた文章の中に、人間にとって幸せとは何か、結婚とは何か、子供とは、夫婦とは何か、ということが見えてくる。

主人公の家族はいつも決って、こう描かれている。

永遠に無垢な子供でありつづける知恵遅れの息子は善を。

家族を愛さず冷酷で、他人の不幸を喜び、誰をも蔑むおよそ善良さのない夫は悪を。

主人公は二人の間で、冷静とも諦めともつかぬ目でものを見る傍観者として‥‥。

一貫してこの構図なのは単調さもある。けれど主人公に「弱い者の狡さ」や「耐える者の強さ」を感じるのが、それを払拭させた。

この妻は、一度も夫を愛した事がないという。

エリートの夫も自分がいつも上位にいられるような妻を選んだだけで、妻を愛したことがないという。そんな二人に障害を持った子供が生まれたわけだ。

夫と妻の違いは、夫が相変わらず妻も子供も愛さなかったのに対し、妻は息子を愛した。

偽りなく心から円(まどか)という息子を愛したということだ。これは決定的な違いだ。

愛することによって、息子から人間としての聖性を引き出された、高められた。

そう感じることで、彼女は人生を豊かにすることが出来たのだ。

私はいつも自分の中に一匹の悪魔が棲んでいることを自覚するのです。

悪魔を見せてくれたのも円でした。しかし神の片鱗を見せてくれたのも円でした。 (P270)

主人公は、自分が時に「悪に加担した傍観者」であることを自覚している。

そもそも嫌悪する夫との生活も、安定した衣食住との引き換えだ。まぁ、これはごく普通の計算だけど。

しかし、様々な毒を含みつつ親子の幸せを感じている妻の方が、妻子を愛せない夫より、やはり人生の成功者である。と私は思う‥‥。

・ブリューゲル「ネーデルラントの諺」より(全体はページの右上、全て諺の場面で構成されているようです。)

主人公が息子にそっくりだと思った人物 「日々を籠で運び出す」

この絵からは他に、「親指で世界を廻す」「豚の前に薔薇を撒く」なども取り上げられていました。

絵の中の人物” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >みちこさん
    >愚者というカードは、道化者が、肩に袋を下げて楽しげに歩く可愛いカードですが・・・・
    へ~、面白いですね。
    図柄からどういうメッセージを引き出すかで、自分を知られてしまいますね。こわッ。

    私はそのカードを思い浮かべて、袋の中はガラクタだと思いました。
    沢山の余計な、無意味なものを一杯詰め込んで、大切にして喜んでいるのが愚者なのだと思いました。
    あ~その中には無用な過去の記憶とかそんなものも‥‥。

  2. kyou2 より:

    >ワインさん
    いつも、素敵なコメントどうもありがとう。
    曽野綾子作品をあまり読んだことが無かったので、ワインさんのコメントで、なるほどなぁと教えてもらいました。

    >絵の裏側にあるものって、結局自分の心の裏返しなのでしょうけれど。
    言われてみればその通りですね。
    同じ絵でも昔に見たときと、今見たときでは思いが違いますね。
    すぐれた本も絵も、自分が成長した分、見えてくるものも増えてくるってことありますね。
    「あの頃なんであんな幼稚な事に感動したんだろう?」なんてことよくあります。幼稚だったのか純粋だったのかは知りませんが(笑

    あれこれ思い描くのは楽しいですね。誤解曲解し放題です。
    この本の中でも私は、曽野氏が小さいトコに引っ掛かって話が膨らむのがすごく面白かったです。

  3. みちこ より:

    面白い作り方の小説ですね。
    以前習っていたタロットの先生が、私にタロットカードを見て物語を書きなさいと勧めてくれた事を思い出しました。
    カードの読み解き方は、人によって様々。愚者というカードは、道化者が、肩に袋を下げて楽しげに歩く可愛いカードですが、夫の定年を控えたある女性は、その袋が年金に見えたそうです。。。
    個人的な関わりのある物の中から、絵も鑑賞するんですね。

  4. ワイン より:

    曽野綾子さんという作家、若い頃よく読みました。彼女の書くものの中には一貫したものがありますね。人の心の闇、やさしさ、悪、苦しみ、喜びなどいろいろな面が、ちょうど画家がつくりあげる複雑な色彩のように、一人の人間の中に重なり合って描き出されているように感じます。
    彼女は一枚の絵を見るときも、作家の目で想像力を働かせてそこから文章を編み出す人ですね。洋画というのはメッセージ性が強いものが多いから作家の目で見ると面白いに違いないと思います。日本画ですとそうもいかないかな・・
    私自身も、洋画をみるとき、絵の裏側にあるものをあれこれ思い描いて想像するという時間が楽しいです。絵の裏側にあるものって、結局自分の心の裏返しなのでしょうけれど。kyouさんはそんなふうに絵をごらんになることありますか?

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