龍と独鈷
『龍の棲む日本』 黒田日出男 (岩波新書)
中世の人は日本の形(日本地図)をどのように認識し、いかに描いていたのか。
江戸時代以前の「行基図」(行基式「日本図」)というのがそれにあたるという。その中の一つに金沢文庫本「日本図」がある。
(#10~#12)金沢文庫本「日本図」 (#15)「独鈷」
何やら鱗が見える長いものに囲まれたのが、「日本」さらに囲みの外にも様々な国のようなものが描かれている。
この鱗を持つ途方も無く大きなものの正体は?
察するに、これが龍でしょ…ということになるが、コトはそれほど単純ではない。
先ず日本の龍は3つ要素がミックスされたものだという。
一つ目は中国の陰陽道の龍、二つめは仏教(密教)の龍王・龍神信仰、三つめが日本の「蛇」(オロチ・大蛇)
・・そういえば、古墳壁画の青龍は西洋のドラゴンに近いし、安珍・清姫で、清姫が大蛇に変身と言うがアノ顔はどうみても龍だ。
では龍はどこに棲んでいたのかというと、龍穴・人穴・風穴などに棲んでいた。そして穴は地下で互いに通じ合い、また海・湖・滝・河川とも繋がりあって巨大な地下世界をつくっていたという。
龍は国土を守護するものであったり、降雨・地震・天変地異に関わるものであり、黒雲と共に現れる雷神であったりした。
話が前後するが、もともと行基図に描かれた日本の国土は、長細い形をしている。
『渓嵐拾葉集』という書物には、日本は独鈷(密教の法具、細長く手に握れるほどの大きさ。もとインドの武器)の形をしていると記されているそうだ。
中世の宗教思想が生み出した日本国土=独鈷のイメージは単にそれにとどまらず、独鈷はシンボリックなものとして展開していく。
<日本>=独鈷=(国生みに使われたもの)天逆鉾=金剛の宝剣=天御柱=大日の印文=神璽=国図=…・
著者は中世人にとって、聖なる存在は同体であった。と述べている。
「A=Bである」と唯一断定せずに、並列しイメージを増殖させていることは本当に興味深い。
なんと言うか私は、気の短い性質なので普段つい、「だから結局何なの?」とか「物事、はっきり言わなきゃ分らないじゃない」などと言ってしまう。
実にまったくもって、バカだ。
単純化して断定すれば本質が見えるかといったら、そうじゃないのだ。
変幻自在というか、融通無碍というか、上手くいえないがそういう分らせ方もあるのだと教えられた。
さらに『日本書紀巻一聞書』では、国中柱も四つの説があり、鹿島の動石(ゆるぐいし)、伊勢大神宮などの記述があるという。
著者はこのことを、どの言説も他の言説を否定するわけではなく、並列・並存、ゆるやかに緊密に多中心的・多元的なネットワークをつくりあげているとしている。
つくづく日本的だなぁと思う。中心が沢山あっても争わない。
今の世の中、こういう視点に立たないと平和にやっていけないような気がする…。
行基図の系統に属する「大日本国地震図」というのがある。
日本をぐるりと龍が囲み、その龍をしっかりと要石(かなめいし・これも独鈷)が押さえつけている。
そしてなんと龍は自分の尾を飲み込んでいる。…これはウロボロス!
駄文がこれ以上長くなっても、正にキリが無いのでこの辺で。
“龍と独鈷” に対して2件のコメントがあります。
コメントは受け付けていません。
日本の形が独鈷の形というのは驚きました。似てないと思うんだけど。。。タツノオトシゴに似ているから、その連想で竜が出てくるのかな?と思ってました。
小学生のとき、独鈷が欲しくて堪らず、2本手に入れましたが、あれは握っていると、安心するんですよ。
様々な説が並列している世界の理解というのは、人間の器が大きくないと、受け入れがたいかもしれませんね。
日本は、よく龍が見られる土地ですが、そういえば、なぜ龍は玉を好むんですかね?中国から来ている感覚なのでしょうが。
西洋では、黄金を好むとされていますが、『指輪物語』で有名はトールキンの書いた、前振りの『ホビットの冒険』という小説では、ホビットのビルボは、龍から一つの大きな玉を盗むんですよ。それが、龍の一番の宝物なんです。不思議な符合ですね。
日本は龍にぐるりと囲まれていたっていう発想(信仰?)なんだかとても親しみを感じます。龍は守り神みたいなものなのかしらね。
龍穴、人穴、風穴に住み、それらの穴は地下で通じ合って巨大な地下世界を作っていた、というのも神話的でダイナミックで、なんだか魅かれます。
昔の人は富士山の風穴など、きっとおそれていたでしょうね。山の中の天然の洞穴なんかも、『龍が出てきたらどうしよう』なんてびくびくしてのぞいたりしたかも。