[雑記] ロンドン・ナショナル・ギャラリー
今回一番楽しみにしていたのが、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで絵を見ることでした。
昔から絵を見るのも描くのも好きだったので、画集を見ながら「いつかは現地で、、」と思っていましたが、自分のコンクールがきっかけでそれが実現できたのは幸せなことでした。
絶対に見たかったのは、カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知》とアンドレア・マンテーニャ《ゲッセマネの祈り》でした。あとは見たいものがあり過ぎるし、展示されているかどうか分からなかったので、当日は眼前に次々と現れる名画に感嘆するのみでした。
正直こんなに大きな絵(207×146.7cm)とは思っておらず、この大きさでこの密度には驚きました。際立つ遠近法と細密描写、どこまでも明るく明快な画面はシュールな魅力さえ感じました。いつまでも見飽きることがなく、私は単眼鏡を覗いて細部を堪能しました。
《ゲッセマネの祈り》は最後の晩餐の後、ユダの裏切りと受難の運命に苦悩したイエスがオリーブ山のゲッセマネの園で神に祈っている場面が描かれています。イエスを頂点とした安定感のある構図に、独特な岩の表現と道の曲線が画面に変化をつけていてるように見えます。複雑であるのに(色々示唆に富むものが描きこまれています)煩雑さがなく、しかもドラマチックな作品になっているのが好きなところです。マンテーニャの作品を日本の展覧会で観る機会はあまりないですが、ナショナル・ギャラリーでは数点見ることができました。
以下好きな作品をランダムに載せていきます。
ほぼ正方形の描かれたキリスト降誕の図で、フランチェスカらしいさっぱりとした色と形が美しかったです。フランチェスカは抑制のきいた陰影と澄んだ色合いが魅力です。
何とも不思議な空気感が漂う作品。悲しげに見つめる犬が印象的で、情感あふれる名作ですね。描かれた場面に関しては諸説あるそうで、ナショナル・ギャラリーのHPでは作品の説明が詳しく読めるので面白いです。時々おかしな翻訳もありますが、今はブラウザの機能を使って日本語で読むこともできるので便利になったと思います。
初期フランドル派のカンピンの作品。男女の赤と白の被り物の対比が美しく、艶やかな画面は圧倒的な密度で惹きつけられました。絵の強さにとても憧れます。
超絶技法で描かれたアルノルフィーニ夫妻。実際に見ると小さな作品ですが、輝きと技術が詰まった魔法のような絵でした。
言わずと知れたダ・ヴィンチですが、やはり画家としては別格の存在のように思えました。物体や人物、空間の捉え方が格段に上という感じです。《聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ》は、紙に木炭と白チョークで描かれた作品で、安定感のある構図と人体の美しさ、存在感は言葉にならない素晴らしさでした。
アリアドネはテイセウスの怪物退治を手助けしたにもかかわらず島に置き去りにされ、彼女は沖の船に向かって「待ってー」と叫んでいる様子。そこに賑やかな音楽とともに現れたのがバッカスで、なんと彼女に一目惚れ、喜び勇んでマントを翻し戦車から飛び降りてくるのでした、、という場面。構図は右上から左下に向かって大きく斜めに分割され、中心のバッカスは円を描くような動きで鑑賞者の視線を画面全体にぐるりと回すような面白さです。バッカスとアリアドネも一瞬見つめあって、運命的な出会いを感じさせますね。
盛期ルネサンスの完璧な均衡が不安定に揺らいで立ち現れたのがマニエリスムといったところでしょうか、《愛の寓意》はそれを代表する作品。ヴィーナスと美少年の絡みはエロチックで、何やら画面全体に不道徳感が漂い、目を凝らせば奇異な登場人物や仮面などは寓意に満ちています。エナメルのように滑らかで白い裸体はラピスラズリの青に映え、ナショナル・ギャラリーの中でもひときわ輝いて見えました。
画集を見ながらドレスの質感や模様の美しさに見とれたものでしたが、実際はそれ以上でした。アングルはこの肖像画を完成させるのに12年かかったそうです。完璧とは何かを考えさせられます。
訪れた美術館や博物館では地元の小学生と思われる子供たちが必ず来ていました。こんな素晴らしい作品に小さいころから囲まれていたらどんなに良いだろうと思いますが、まあ、絵が好きな子供でなければあまり関心はないのかもしれませんね。もちろん騒いだりする子供はいませんでしたが、わりと自由に床に座って課題をこなしている様子が良かったです。きっとそれが日常なのでしょうね。周りの観光客、鑑賞者を優先にするわけではなく、自然に子供たちが優先になっていたところに成熟した文化のようなものを感じました。