[展覧会] 装いの横浜チャイナタウン―華僑女性の服飾史
みなとみらい線日本大通り駅の上にある横浜ユーラシア文化館で開催中の「装いの横浜チャイナタウン―華僑女性の服飾史」を見てきました。
展覧会のフライヤーにも書かれていましたが、現在中国系女性の民族衣装と考えられている旗袍(チーパオ:チャイナドレス)は1920年代に生まれた新しい服装だそうです。さらに展示を見て知ったのですが、いわゆる身体に沿ってピッタリしたチャイナドレスは立体裁断を採用し、パーティードレスとしての需要が高まった1950年代以降となるそうで、意外と新しいものなのだなと驚きました。
ポスター左端のチャイナドレスは張陳卓華婚礼衣装(1929年)で、光沢のある絹サテンに牡丹の手刺繍が施され、袖などにスパンコールがあしらわれ、裾には銀モール(5センチくらいの細いコイルの様なもの)が垂れ下がっています。この地域出身の華僑の衣装では本来、銀モールは使わないそうですが、日本華僑社会ならではの華南文化圏と華東文化圏の融合があり使用されているそうです。衣装は時代や社会によって変わっていくものなのだなと思いました。
もう一つ婚礼衣装で豪華だったのは刺繍された上衣(黒か赤)とスカート(赤かピンク)からなる褂・紅褂という衣装。特に容家の紅褂は上衣の赤が見えなくなるほど金糸銀糸で龍、鳳凰、渦巻き紋が刺繍されていて、所々で龍や鳳凰が立体表現されていたのも見事でした。
また、昔はポスターにあるような靴も主婦のたしなみとして作っていたそうです。これは職人が作ったものかもしれませんが、ちょっとしたものを作るのでも結構器用じゃないと困ったでしょうに。
「母の肖像」と題されたトピックでは、一人の女性の人となりを紹介した文章と共にその方のチャイナドレスが展示されていていました。この服をお召しになった女性が、母として妻として確かにいらっしゃったのだな、という想いがしました。
展示されているチャイナドレスは殆どがその人に合わせて作った仕立ての服で、やっぱり既製品とは違う丁寧さと柔らかさがあるなと感じました。そしてそれを大切に着て大切にとっておく。そういう事の豊かさを感じました。
変わったところでは、1910年代の森永ミルクのポスターが面白かったです。
ポスターの上部に「天童老牌煉乳」と書いてあり、缶入りコンデンスミルクの絵。中央には細身の上衣と細身のズボンでおしゃれをした美人が紅茶にミルクを入れ、のんびりリビングでティータイムの図です。しかし窓の外には何と「海と氷山」が見えるではありませんか。違和感半端ないです。展示説明には「一体何を伝えたかったのか」とあってしばし思いを巡らしました。
う~ん、当時南極観測がニュースでトレンドだったんでしょうか。そして、もしかして部屋だと思っていたのは豪華客船で彼女は南極旅行の最中だったりしてね。