[本]『愛なき世界』 

『愛なき世界』 三浦しをん/著 中央公論新社

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T大学の近くにある食堂で働き始める藤丸陽太は、常連さんのT大学松田研究室の面々と懇意になる。松田研究室は教授の松田賢三郎を筆頭に各自がそれぞれのテーマで植物の研究するために、日々植物を育て観察し、地道な実験を続けているところだ。

しばらくするうちに、藤村は研究室の院生の本村が好きになり思わず告白してしまうが、植物のシロイヌナズナをこよなく愛する本村は一途な藤丸の告白にこう答えるのだった。

「植物には、脳も神経もありません。つまり、思考も感情もない。人間が言うところの、『愛』という概念がないのです。」「愛のない世界を生きる植物の研究に、すべてをささげると決めています。だれともつきあうことはできないし、しないのです。」

という訳で、藤丸はきっぱりと振られるが、恋敵が植物というのも釈然としないまま、彼女への思いは残るのだった。

不器用な若い二人の恋愛の行方を描きつつも、根底にあるのは植物研究に励む研究室の日常。様々な実験をおこない正確なデータの収集と解析にエネルギーを注ぎ、また研究室内では互いにライバルでもありながらも助け合ったり、それぞれの人生があったりする。門外漢がチラリと専門家の世界を垣間見ることができるようで面白かった。
特に教授の松田は独特な風貌に加えて並外れた探求心と独創性でこの小説の核となっていて、作者はこの人物を書きたかったのだろうなぁと。オバサンの私としては若い藤巻と本村の恋愛には全く興味が湧かなかったけれど(笑)、一見すると殺し屋風?で我が道を行く松田はカッコ良かった。

翻って人間は、脳と言語に捕らわれすぎているのかもしれない。苦悩も喜びもすべて脳が生み出すもので、それに振りまわされるのも人間だからこその醍醐味だろうけれど、見かたを変えれば脳の虜囚とも言える。

という一文があったが、確かにそのとおりで人が人である所以だろう。以前読んだ養老孟司の『唯脳論』も同じようなことを言っていたように思う。

愛なき世界は過酷な世界とも言える。では愛や感情があれば素晴らしい世界かといえば、そうとも限らないだろう。だからこそ人は愛なき世界を生きる植物に対して興味や憧れ、平安を求めるのかもしれないと思った。

[本]『愛なき世界』 ” に対して2件のコメントがあります。

  1. kyou より:

    >きよぴーさん
    うちは読売ではないので知りませんでした。教室で話題になっていてお借りして読みました。
    別の本でモデル植物のシロイヌナズナについて読んでいたので、一層親近感がありました。
    植物好きの人だったら、ちょっとツボな小説かもしれませんね。

  2. きよぴー より:

    この小説、新聞に連載されていたので、毎日楽しみに読んでいました。
    私も膨大なサンプルのシロイヌナズナと格闘する、
    研究者の日々の行動が、興味深ったです。
    黒い洋服ばかり着ている松田教授のキャラも憎めなくていい感じでした。

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