「ラファエル前派展」
六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の「ラファエル前派展」を見てきました。
19世紀英国に起こったラファエル前派は、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントらが結成した「ラファエル前派兄弟団」に始まります。
彼らはラファエロ以降の形骸化したアカデミズムに対抗して、それ以前のイタリアやフランドル絵画の誠実に理想を求め、その手法である緻密な自然描写や細部描写をもって、聖書や文学を独自の構図や表現で描いています。
好きな作品はいくつもありますが、一番印象に残ったのはジョン・エヴァレット・ミレイの《釈放令》でした。
ジョン・エヴァレット・ミレイ《釈放令》
この場面は、カロデンの戦いで敗北し拘束されたジャコバイト軍のスコットランド兵士を、その妻がイングランド看守に釈放令を渡して迎えるところだそうです。
描かれたもの一つ一つが完璧な質感で素晴らしい作品でした。ただ一人表情の分かる妻の顔は、素朴で力強く凛として美しかったです。
右下に黄色のプリムラが描かれているのも目を惹きました。プリムラはラテン語で「最初」を意味し、他に先駆けて春を告げる花です。妻が一番に駆けつけるということかもしれません。
また、ピーター・コーツの『花の文化史』には、シェイクスピアはプリムラが持っている若々しいという感じを、不幸につながる軽率さを表すのにも用いている、と書いてありました。絵に描かれいるのはちぎれた花と葉ですから後者の意味かもしれません。
ウィリアム・ダイス《ペグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出》
ウィリアム・ダイスの《ペグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出》は不思議な雰囲気の風景画でした。緻密な自然描写が際立っていて、それがかえって幻想的でシュールな感じになっているのです。画面中央の空に描き込まれているのは実際にあった「ドナーティ彗星」だそうです。
ジョン・ブレット《ローゼンラウイ氷河》
ラファエル前派を支えたジョン・ラスキンの「自然をありのままに再現すべき」という言葉を具現化したような絵で、鬼気迫る感じがありました。英国でアルプスブームがあったと聞いたことがありましたが、それも関係しているのでしょうか。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの《見よ、我は主のはしためなり(受胎告知)》はとてもユニークでした。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《見よ、我は主のはしためなり(受胎告知)》
白い壁、青いカーテン(マリアの青いマント?)、細長いベッドは、まるで病院の一室のよう。鳩とユリの花がなければ受胎告知だとは分からないのでは? 大天使ガブリエルは翼も無く、ベッドに起き上がるマリアは悪い病気でも告げられ茫然自失といった感じに見えました。異様な緊張感の漂う挑戦的な受胎告知です。
最後になってしまいましたが、展示は歴史、宗教、風景、近代生活、詩的な絵画、美、象徴主義と分類され、全72点。初期のメンバーから次世代のバーン・ジョーンズまで見ることが出来ます。改めて活動期間がほんの数年であったことに驚きを感じますが、後世に与えた影響はけして小さなものではなかったようです。
自然へのこだわり、細部への偏愛、個性的な人物画は、一度好きになると癖になる魅力があると思いました。
“ 「ラファエル前派展」” に対して1件のコメントがあります。
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>みちこさん
>どれも素晴らしい!
本当に見ごたえありました。もう一度行きたいくらい。
>ありのままをキャンバスに写そうとしても、一度人間の脳を通っているので、それはその人の心が反映される。
そう思います。頭を通って、手を通って形になるんですから。ですから、あまりに無機的に似ているより、そのひとのこだわりの見える写実の方が面白いと思います。
> 釈放令は妻と犬が良いですね。
妻はミレイの妻エフィーがモデルです。彼女は元ラスキン夫人で有名な三角関係の末、ミレイと幸せになったようですよ。
> 一番素晴らしいと思ったのは、受胎告知。え?私が?という呆然とするマリア。威圧的な天使。素晴らしい発想ですね。
ホント、画期的な受胎告知ですよね。恐るべし、ロセッティ。
どれも素晴らしい!
ありのままの描写というのは、あり得ないと思いますね、こういう絵を見ていると。最近、心象風景という言葉が流行っていますが、ありのままをキャンバスに写そうとしても、一度人間の脳を通っているので、それはその人の心が反映される。
釈放令は妻と犬が良いですね。
一番素晴らしいと思ったのは、受胎告知。え?私が?という呆然とするマリア。威圧的な天使。素晴らしい発想ですね。