「アンドレアス・グルスキー展」
先日、国立新美術館にドイツの現代写真家アンドレアス・グルスキー(1955~)の日本初の個展を見て来ました。
写真は全くの素人で、グルスキーの名前も今回初めて知りましたが、展覧会のリーフレットに載っている写真を一目見た時からこれは絶対に見たいと思っていました。
会場に入ってまず驚くのは、作品サイズの大きさです。現代美術の抽象絵画はその大きさが一つの特徴だと思いますが、グルスキーの作品も大きさがもたらす圧倒的な存在感があり、主張があるように思いました。
また、作品の画像は時間をかけて高度な加工が施され、映ったものの取捨選択から色彩の調整など、丹念に作りこまれているということも大きな驚きでした。
今まで漠然と価値のある優れた写真というものは、唯一無二の一瞬を切り取ったもの、シャッターチャンスの勝負、というような単純な考えしか持っていませんでした。それは私が真実を記録したものが写真ということを前提としていたからかもしれません。グルスキーの作品は、そういうことからは完全に開放されていました。
在るはずの対岸の建物を消し、加えたい色や効果を加えていった《ライン川 ll 》という風景の写真は、まるで本物のような架空の風景です。それは実際の風景から受けた自身の強烈な心象風景を、絵具ではなく写真で描いたという感じがしました。抽象絵画のような、あるいはルネサンス絵画の背景に描かれた景色のような、写真というより絵画の印象でした。
良きにつけ悪しきにつけ、写実的な絵画は「まるで写真のよう」と言われますが、グルスキーの作品を見ていると写真の客観的正確さなど楽々と飛び越え、より創造的に進化していると思いました。
「オーシャン」シリーズは自分で撮った写真ではなく、衛星から撮られた高精度の画像を何ヶ月にもわたって加工したものだそうです。
何と言っても海の色が衝撃的に美しく、恐ろしいほどの海の深さを表現していました。作品はオリンポスの神々の視線を思い起こさせました。
《99セント》はアンディ・ウォーホールの作品を連想させるポップな作品。99セントの商品で埋め尽くされた店内を撮したもので、全体のカラフルな色彩と個別の商品のリアルさが絶妙で、 消費社会の縮図とも見えました。
ブログの画像は展覧会のリーフレットで、写真は岐阜県飛騨市の地下1000メートルにあるニュートリノ検出装置、スーパーカミオカンデが題材になっています。
作品を見た時、グルスキーがこの光景を目の当たりにした時、どんなに興奮しただろうと思いました。最先端のテクノロジーが放つメタリックな輝き、個々の形、集合体としての巨大な存在感。科学とは相反するのかもしれませんが、神秘的な静けさがありました。
物語性のあるジワジワとくる感動ではなく、よりインパクトの強い、直感的な感動を味わうことが出来た素晴らしい展覧会でした。
“ 「アンドレアス・グルスキー展」” に対して2件のコメントがあります。
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>みちこさん
今回はご一緒に見ることが出来て本当に楽しかったです。おまけにチケットまでプレゼントしていただき、有難うございました。
>グルスキーの写真を見るのではなく、グルスキーの心が捉えたイメージを見る
本当にそうですね。普通の写真展とはぜんぜん違いますね。初めての体験をした。という感じです。
グルスキーは、写真を加工することで、見せたいものを強調することに成功していますね。グルスキーの写真を見るのではなく、グルスキーの心が捉えたイメージを見るのですね。そういう意味では、kyouさんのおっしゃるとおり、絵を見ているのと同じですね。