「THE ハプスブルク」展
国立新美術館に「THE ハプスブルク」展を見に行った。
今回はカール・シュッツ氏(ウィーン美術史美術館絵画館長)の記念講演も聴講したので、聴講前と後でじっくり鑑賞することができた。
講演のタイトルは「デューラー、ティツィアーノ、ブリューゲル、ルーベンス、ベラスケス―ハプスブルク家とその画家たち」
ウィーン美術史美術館の所蔵史はハプスブルク家の人々と共にあり、その歴史は16、17世紀に始まるそうだ。
同館の最大の特徴は、歴代の個人コレクターがそれぞれの趣味で美術品収集を重ねたということで、所蔵作品に大きな偏りがあるということ。それが弱点でもあり特徴でもあるとの事だった。
講演は、本格的なコレクションが始まった16世紀から1891年に同館が開館するまでを、年代順に重要なコレクターを挙げ、関連する画家の作品をスライドで解説して下さるという形式ですすめられた。
16世紀半 皇帝ルドルフ2世
コレクション‥‥アルブレヒト・デューラー、ルーカス・クラナッハ、パルミジャニーノ、コレッジョ、ピーテル・ブリューゲル(父)
同時代宮廷画家‥バルトロメウス・スプランゲル、ハンス・フォン・アーへン
・プラハ宮廷での芸術、自然科学振興(ヨハンネス・ケプラー)、「美術と驚異の収集室(クンストウントヴァンダーカンマー)」について。
17世紀半 大公レオポルト・ヴィルヘルム
コレクション‥‥ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ロレンツォ・ロット、グイド・カニャッチ、ルーベンス
同時代宮廷画家‥ダーフィット・テニールス(子)
・多数の絵画を収集、重要なコレクションとなる。
17世紀後半 皇帝レオポルト1世
コレクション‥‥ディエゴ・ベラスケス
18世紀 皇帝カール6世
コレクション‥‥レンブラント・ファン・レイン
・ ウィーンのシュタルブルクに絵画を集結。バロック様式による装飾的な展示方法、シュトルファーによる絵画目録の作成について
19世紀 フランツ・ヨーゼフ1世
ウィーン美術史美術館の建設が1871年に始まり、1891年に開館。
・ベルガー(?)による天井画は、歴代の君主と関係の深かった画家たちが描かれ、所蔵史を一望にすることができるとのこと。
スライドでは、今回展示されている作品が多数紹介された。
中でも一番興味深かったのは、大公レオポルト・ヴィルヘルムの宮廷画家・テニールスによるギャラリー画だった。
ギャラリー画は絵画の目録のようなもので、所有を誇示したり、友好国などにプレゼントとして寄贈されることもあったそうだ。
今回、テニールスの絵は展示されていないが、画中画として描かれているティツィアーノ《イル・ブラーヴォ》は、本展で見ることができる。
中央やや左で帽子をかぶり、杖で絵を指し示しているのがレオポルト・ヴィルヘルム。杖で示された絵の二つ右が《イル・ブラーヴォ》
ダーフィット・テニールス(子)《大公レオポルト・ヴィルヘルムのブリュッセルにおける絵画ギャラリー》
ティツィアーノ《イル・ブラーヴォ》
イル・ブラーヴォというのは、雇われた刺客(カタログでは主人の命に従う悪漢)という意味だそうです。
手前の人物が左手に剣を隠し持ち、右手で奥の人物に手をかけ、奥の人物が振り返ってったところだが、よく見ると振り返った人物も右手で剣をつかんでいる‥‥。
作品の解釈はさまざまで、確定しているものはないとのことだ。カタログには2つの解釈が載っていた。
解釈は様々あるけれど、人物のひねりのあるポーズが絡み合う画面は、ドラマチックな緊張感がみなぎっていて、見るものを惹きつける。
私は初めて見たとき、奥の人物もまた誰かを狙っているのかと思ってしまった。狙っているつもりが狙われている、という図かと‥‥(笑)
聴講をとおして、ハプスブルク家の人々がいかに芸術や学術に情熱を傾けてきたかが理解できた。名画のために皇帝が粘り強い交渉を惜しまなかったというのも興味深かった。
今後の作品鑑賞に役立つお話が多く、一時間半の講演はあっという間で大変有意義な時間を過ごすことができた。
さて、ここからは展覧会の感想。
展示はハプスブルク家の肖像画から始まり、イタリア絵画、ドイツ絵画、スペイン絵画、フランドル・オランダ絵画、美術工芸品や武具とジャンルごとに分かれていた。
どこを見ても名画揃いで見ごたえ十分。特に贅を尽くした工芸品は初めて見るものばかりで「美術と驚異の収集室(クンストウントヴァンダーカンマー)」とはこのようなものだったのかと、最高の技術と意匠に溜息ものだった。
そんな中でもとりわけ、「これが見たかった!」というのがアルブレヒト・デューラー《若いヴェネツィア女性の肖像》
高さ30センチ余りと小ぶりだが、確固たる存在感が素晴らしかった。
アルブレヒト・デューラー《若いヴェネツィア女性の肖像》
美しさと知性を感じさせる女性像だが、まず人間としての強さや厳しさが感じられるのはデューラーならではという感じがした。
実際に見ると、背景の黒は思いのほかマットで沈み込むような黒だった。
細部の描き込みが素晴らしく、目のあたりは眼球の丸さや下まつ毛の生え際など完璧で美しかった。
デューラーとは正反対の、人間らしからぬ魔性の女性像といえばクラナッハだ。
ルーカス・クラナッハ(父)《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》
驚くのはその画面で、まるで琺瑯かエナメルのような艶やかで冷たい質感だった。
過剰なまでの装飾品が、まだ幼さを残すサロメの白い肌に巻きつき、異様なエロティシズムを放っていた。
印象に残った絵を挙げればキリがないのだが、ルドルフ2世お気に入りの画家・バルトロメウス・スプランゲルの《ヘルマフロディトスとニンフのサルマキス》が面白かった。
ニンフのポーズはマニエリスムのフィグーラ・セルペンティナータ(蛇状曲線形)を呈していて、優美と奇怪のすれすれの攻防といった感じだった。
もう一つ、これもルドルフ2世のために制作されたという、ティントレットの《オンファレの寝台からファウヌスを追い出すヘラクレス》は、画面全体が渦巻きのように動き出しそうな構図で面白かった。
隣にあった《キリストの笞打ち》も四隅を意識した動的な構図で、共に独創的な構図がとても印象に残った。
ガラリと趣が変わってヤン・ブリューゲル(父)の《森の風景》も良かった。
静けさの漂う森が一杯に広がり、そこに鳥やウサギといった生き物が小さく隠れるように描かれている作品だ。
カタログによると、余りに小さいので長い間その存在に気づかれなかったほどだったそうだ。(公式HPの画像の方が見つけやすい)
実際、会場が暗くなっているせいもあるが、描かれている小動物を見つけるのはかなり難しかった。単眼鏡で幾つか見つかったが、全部は分からなかったと思う。
ブリューゲルが作品にこっそりと秘密を仕込んだかのようだ‥‥。
書いていると本当にキリがないのでこのへんで。