『錆びる心』
『錆びる心』 桐野夏生 (文藝春秋)
ごく普通の人間の中にある狂気や愚かさを、タイプの違う6つの短編に仕上げていて、楽しめる一冊。
「虫卵の配列」
主人公は偶然街で出会った知人に、彼女なら優しく慰めてくれるだろうとお茶に誘い恋愛の悩みを話すが、彼女もまた恋愛をしていて、話を聞いてみると‥‥
タイトルを見ただけで、イヤ~な予感がしたが、やはりと言うか何と言うか。
「羊歯の庭」
妥協の結婚をして趣味もセンスも合わない妻に飽き飽きしている主人公。しかも金も時間もなく毎日あくせく働いているだけ。そんな彼のもとに15年前に別れた女性が理想的な形で現れ、関係が再開する。
いつでも現状に文句ばかり言うくせに、自分だけはいつもリスクを負わない身勝手な男の話だ。
現状を正しく捉えて、そこに幸せを見出すか、現状に満足しないなら努力して改善し、理想の状態に近づけるかどちらかだと思う。
痛みを伴わない幸福なんて、虫が良すぎるのだ。
「ジェイソン」
イヤ、これはお酒を飲む人なら、多少なりとも身につまされる話。
自分が酔ったときに何をしでかしたのか?‥‥知らぬが花か。
「月下の楽園」
廃墟好きな男の悲喜劇。
ある時、主人公は自分好みに荒廃した庭のある屋敷を見つけ、その離れに住むことになった。
ところが実際住んでみると、その離れは塀にさえぎられており、肝心な庭を見ることが出来ない‥‥
月下に遊ぶ主人公は、何となく乱歩的で幻想的だった。
「ネオン」
新宿の歌舞伎町界隈で、新たにのし上がってきた組長のもとに、威勢のいい、見込みのありそうな男がやってくる。
この男は果たして本物か、組長の人を見る目が試される。
「錆びる心」
不倫相手の妻が自宅に押しかけてきて、着の身着のままで友人の家に逃げ込んだ主人公。
彼女はすぐに夫に連れ戻され、以前と同じように不毛な生活を強いられる。
しかし、彼女はその時から10年後に必ず家を出ようと決意し、今それを実行したのだった‥‥。
誰かのために、尽くしたいと思ってその対象がなかった彼女は、住み込みの家政婦として働き口を探し、老姉妹と息子とミドリの4人が住む家に雇われることになった。
彼女はつつましく協力しながら暮らすその家庭で、自分の存在意義を見出すのだが、余命わずかな息子からある悪意を含んだ思いを聞かされる‥‥
私は誰かのために尽くすことが生きがいになる主人公にはあまり共感できなかった。また、彼女が夫の心の中に自分という存在を刻み付けたかったという気持ちは、随分エゴだなぁとも感じた。
中年女性の心理描写が巧みで引き込まれる作品だった。