『柔らかな頬』

柔らかな頬

『柔らかな頬』 桐野夏生 (講談社)

ある朝、支笏湖畔の別荘地で、5歳の女の子がまるで神隠しにでもあったかのようにいなくなってしまう。

女の子の名前は有香、主人公・森脇カスミの長女だ。

カスミは公私共に付き合いのある石山洋平の別荘に、東京から家族4人で遊びに来ていたところだった。

だが本当は、カスミと洋平は密かに不倫関係にあり、そもそも石山の別荘購入も旅行も、彼らの不倫なくしてはありえないことだった。

カスミは自分のせいで娘がいなくなるという地獄の苦しみを味わうことになった。

子供を持つ母親としては、もっとも恐れるような事態。生きているのか死んでいるのか、事件なのか事故なのか全く分からない。手がかりを求めてさまよう日々、それが何年も続いたとしたら‥‥考えるだに震え上がるような恐ろしいことだ。

有香ちゃんは忽然といなくなってしまった。

実はカスミは北海道の出身で、彼女は18歳のときに突然家出をして東京に出てきた身だった。

いわば彼女もまた忽然と両親の元からいなくなったのだった。

さらに、カスミの夫の道弘、不倫相手の洋平、別荘のオーナー、管理人などの人物像が掘り下げられていて、それぞれ抱える問題が明らかになってくる。

元刑事でがん患者の内海が、カスミと共に真相を追ってゆく過程で芥川の『薮の中』を思い出した。この展開はとても面白かった。

カスミは何から脱出したくて、何を求めていたのか、全てを失ってしまったのか。

最後の最後まで、黒い雲がのしかかるような重苦しさがあった。 真相は一体‥‥?

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