『墜落のある風景』
『墜落のある風景』 マイケル・フレイン著/山本やよい訳 (創元推理文庫)
哲学者のマーティン・クレイは、専門を哲学から美術へと変更しようと目論んでいる最中だ。
彼は田舎にこもって美術の著作に励もうと、既に美術史家として名声のある妻と愛娘を伴い車を走らせた。
誰に邪魔されること無く仕事をする予定だったが、早速、隣人のトニー・チャートの招待を受ける羽目になってしまった。
家族で出かけていくと、お決まりの家宝の絵のお披露目があり、マーティンたちに鑑定を頼みたい様子。
一通り見終わって、マーティンが面倒を背負い込まないようにと、当たり障りの無い賞賛で退散しようとした矢先、トニーは「もう一枚はどこだ」と言い始めた。
するとトニーの妻は、煙突から落ちてくる煤避けにしていると言って、大きな板絵を暖炉の奥から絵を引っ張り出した。
‥‥一目見るなりマーティンは確信する―“これはネーデルラントの巨匠ブリューゲルの作品だ!”
かくしてマーティンは「その絵」にとり憑かれ、悲喜劇の主人公となるのだった。
マーティンが確信したという絵は、ブリューゲル作品の中で《月暦画》と呼ばれるシリーズのなかの一枚。
《月暦画》は一年12ヶ月の季節の移り変わりや行事を絵にしたもので、当時流行した「時祷書」に出てくる事柄が多く描かれているそうだ。
現存するのは《暗い日》、《干草刈り》、《収穫》、《牛群の帰り》、《雪中の狩人》の5枚。
しかし《月暦画》は全部で12枚なのか、半分の6枚なのか、それ以外の枚数か、全く分かっていないという。
該当する月も諸説あり、はっきりと断定できないようだ。
《暗い日》 (1月、2月、3月のいずれかで春)
《干草刈り》 (6月か7月で夏)
《収穫》 (8月か9月で夏)
《牛群の帰り》 (10月か11月で秋)
《雪中の狩人》 (12月、1月、2月のいずれかで冬)
マーティンは調べ上げた結果、全部で6枚であるとして、発見された件の絵は現存するどの絵にも該当しない4月、5月を表わした春の絵だとしている。
謎多きブリューゲルを中心に、トニーから絵を騙し取る詐欺計画をはじめ、トニーの妻との危ない関係、妻ケイトとの学者として&夫婦としての確執など、ドタバタも絡んでの美術ミステリー。
ブリューゲル作品についての解説や当時のネーデルラントの政治的、宗教的背景などを踏まえたはとても興味深かったが、主人公のマーティンがどうもさえなくていけない。
ダメ男を描いているのは分かるが、魅力のあるダメ男ではなくて、読む楽しみもイマイチ。
とは言っても、ブリューゲル好きには読んで損はない面白い本ではないかな、と。