『江戸の二十四時間』
『江戸の二十四時間』 林美一 (河出文庫)
江戸の24時間は日の出と日の入りが基準になる。日の出(明六ツ)の夜明けから日の入り(暮六ツ)の日暮までが昼、日の入りの日暮から翌日の日の出までが夜になる。
そして昼と夜とをそれぞれ6等分して一刻(約二時間)を決めた。だから、夏と冬とでは昼と夜の割合が違う。夏は昼が長く、夜が短い。昼の一刻と夜の一刻では長さが違う。
一分一秒にも気を使う今の感覚からすると、一時間の長さが違うことなどとても奇妙で不便に思える。
けれど、灯りが乏しかった時代では明るいうちに活動して、暗くなったら寝るというのがごく当たり前な暮らしだったのだろう。
私は日の出や日の入りをあまり気にしたこともないが、江戸の人には大問題。生活のリズムの元になる。何だか季節や時間を無理なく体内に取り込んでいるようで新鮮な感じがした。
時代、風俗考証家である著者は、テレビの影響で巷に間違った江戸の風俗が浸透していることなども指摘している。銭形平次のような岡っ引は、本当はどんな風であったのか、粋な同心や与力の格好はどんなだったのか、朱房つきの十手はどこに差していたのか‥‥などなど。
本書では将軍から長屋の住民までの一日を、小説やドキュメンタリー風に追ってゆく。肩肘張らずに、へ~そうだったのか!と興味深く読める一冊だ。
特にお気に入りだったのは、浮世師が登場する二編
・「岡っ引・吉原権九郎の二十四時間(明和六年六月二十九日)」
ある晩、屋形船で賑わう大川に戸板にはりつけられた美女の死体が浮んだ。たまたま近くにいた岡っ引の権九郎は、娘の顔を見てハタと膝をたたき、あの娘だ!と思い出した‥‥。
実はこの美女をモデルにして絵を描いていた人物が登場するのだが、それが鈴木春信の弟子の鈴木春重。
春重は春信の贋作を描いていた人物で、春重というより西洋絵画に魅了された司馬江漢として名高い絵師だ。
鈴木春重《楼上縁先美人》 鈴木春信《縁先美人》
左の春重の作品には「春信筆」とあり春信風の美人画だが、極端な遠近法を使っていて、春重作とすぐ分かる。春重の個性が隠しきれていないところが面白い。
・ 「旗本・細田時富の二十四時間(天明元年十二月十九日)」
細田時富は五百石の旗本で、将軍の理髪や膳番など身のまわりの雑務をする小納戸役(こなんどやく)で、特に狩野派に学び画才のあった時富は、生来絵画を好んだ十代将軍家治の絵のお相手として「御絵具役」を勤めていた。
しかし、訳あって時富は長く勤めることはなく職を辞し、市井にあって浮世絵師として生きる道を選ぶ‥‥。
鳥文斎栄之《青楼芸者撰・いつとみ》 鳥文斎栄之《青楼美撰合・初買座敷之図 扇屋滝川》
細田時富こそ浮世絵師・鳥文斎栄之その人で、旗本出身の浮世絵師とは異色のタイプだ。
しかし、流石お旗本というべきか、艶にして凛とした女性像は栄之ならでは。また肉筆浮世絵も狩野派の技術に裏打ちされた素晴らしい作品が多い。
本書のストーリーに栄之と武家の女性との出会いが描かれていて(これはフィクション?)浮世絵の栄之美人とオーバーラップして大いに楽しめた。
この本は面白いです!と教えてくださった弥勒さん、違わず面白かったです。ありがとうございました。