魔界入り難し

『川端康成全集 第十五巻 たんぽぽ・竹の声桃の花』(新潮社)  

先日読んだ本の中で、『美しい日本の私』と『美の存在と発見』に言及したところがあった。

川端全集が、ご近所のコミュニティセンターの図書室にあるのを思い出し、そこで探して読んでみた。

『美しい日本の私』は、言わずと知れたノーベル賞受賞記念講演でのスピーチ。

その内容は、日本人の美意識を古典や禅を引いて語り、その伝統の上にある自身の作品について述べたもので、川端文学の核心に触れることができる。

若い頃読んだときは、正直あまり印象に残らなかったが、今あらためて読むととても感慨深い。

歳を積み重ねることで感じられること、分かってくることがあるのだなぁと思う。

ページにするとほんの短いもので、その文章も内容も、まるで霞がすうっとたなびいてきて、また静かに去っていくような、そんな感じがした。

川端自身が所有している一休の書で、自分でもよく揮毫するという「佛界入り易く、魔界入り難し。」

これは考えれば考えるほど、難しい、恐い言葉だと思う。

究極は真・善・美を目ざす藝術家にも「魔界入り難し」の願ひ、恐れの、祈りに通う思ひが、表にあらはれ、あるひは裏にひそむのは、必然でありませう。「魔界」なくして「佛界」はありません。そして「魔界」に入る方がむづかしいのです。心弱くてできることではありません。  「川端康成全集 第十五巻」p185

魔界と言うのは何だろう。仏界が善であると思うが、魔界と言うのは悪ではないように思う。

善悪で判断できるほど単純なものではないだろう。善悪の間にあるような、だからこそ入り難く、孤独なものなのだろう。

非凡な芸術家とは、一人で魔界に入ることが出来る人を言うのだろうか。

踏み越えてそちらに行くか、こちらに留まるか。もしかしたら、それはごく普通の人にも、選択の瞬間というものがあるのではないかという気もする。そこが恐いところではあるが。

川端や三島といった天才は、好むと好まざるとに関わらず、踏み越えざるをえない運命なのかもしれない。

「我」をなくして「無」になるのです。この「無」は西洋風の虚無ではなく、むしろその逆で、萬有が自在に通う空、無涯無邊、無盡蔵の心の宇宙なのです。  「川端康成全集 第十五巻」p186

「心とはいかなるものを言ふならん墨絵に書きし松風の音」  一休

一休の歌は、「水墨画かくあるべし」といったところだ。

大切なものは、絵でも歌でも詩でも、描かれていないもの、書かれていない言葉なのだ。

余白を満たす密度、行間の囁きや叫びが作品の価値を決めるのだろう。

同時に、受け手の感性がそれを発見できるかどうか、ということにもなるだろう。

作品と対峙するということはそういうことなのかもしれない‥‥。

「Nobelprize.org」こちらで「美しい日本の私」を日本語と英語で読める。

http://nobelprize.org/nobel_prizes/literature/laureates/1968/kawabata-lecture.html

『美の存在と発見』は、ハワイ大学での公開講義との事で、ガラスコップのくだりは、ホテルで見たコップの美しさを「一期一会」のものとして語っているところだ。

わたくし、カハラ・ヒルトン・ホテルに滞在して、二月近くになりますが、朝、濱に張り出した放ち出しのテラスの食堂で、片隅の長い板の臺におきならべた、ガラスのコツプの群れが朝の日光に輝くのを、美しいと、幾度見たことでせう。ガラスのコツプがこんなにきらきら光るのを、わたくしはどこでも見たことがありません。  「川端康成全集 第十五巻」p201

冒頭の文章なのだが、なんか読んだことがあるなぁ~と言う感じだった。

ホテル、ガラスコップ、朝日、きらきら‥‥明るい強い光の中のガラスコップの映像が浮ぶ。

そういえばと思って、調べてみたらあった。中学のときの国語の教科書に載っていたのだ。

「光村ぶっくらんど」http://www.mitsumura-tosho.co.jp/bookland/

「教科書タイムとラベル」というのがあって、懐かしい教科書が検索できて楽しい。

昭和47年度版、中学二年の教科書に「朝の光の中で」川端康成とある。そう、コレコレと思い出した。

きっと映像が浮んで、それが強烈だったから、覚えていたのだろうな。

頭だけで読むのはすぐ忘れる。

まあ、今では何でもよく忘れるし、こうやって昔のことばかり覚えているのも危ない、危ない。