味の決め手は
『短歌殺人事件』31音律のラビリンス 齋藤愼爾/編 (光文社文庫)
全く異なる味わいの短編が11作品。そのどれも味の決め手は「短歌」
それぞれの作品の中で、投入された短歌がどう生かされているかが味わいどころ。
どの作品も質が高く、個性的。存分に楽しめるアンソロジーだった。
収録作品
二木悦子『アイボリーの手帖』 松本清張『たづたづし』 戸板康二『明治村の時計』
赤江瀑『葡萄果の藍暴き昼』 連城三紀彦『戻り川心中』 海渡英祐『杜若の札』 伊井圭『魔窟の女』
古川薫『野山獄相聞抄』 皆川博子『お七』 寺山修司『復讐の美学』 倉橋由美子『月の都』
初めて読む四作家の作品は、特色があって面白かった。
戸板康二『明治村の時計』
高畑は、作家のゴシップを拾い集めたような作家論でジャーナリズムから注目されている大学教授。
ある日、ゼミの教え子がある詩人の実の息子と分かり‥‥。
海渡英祐『杜若の札』
舞台が明治の文明開化期の新聞社というのが新鮮。
新聞小説が人気を呼び、事件も記者の腕一つの「読み物」になったころの話だ。
伊井圭『魔窟の女』
なんと石川啄木がホームズで、金田一京助がワトソンといった趣向の探偵物。
二人連れ立って出かけた浅草の私娼窟で殺人。しかもその場には京助の上着と啄木の「ローマ字日記」が。
さらに謎の少年が現れて、事件を解いてゆくが、この少年、実は‥‥。
古川薫の『野山獄相聞抄』
これが、一番お気に入りかな。
幕末、下田に現れた外国船で密航を企て、失敗した吉田松陰。彼は野山獄に投獄され、そこで一人の女囚・高須久子と出会い、互いに惹かれあう。
松蔭が初めて野山獄に送られてくるところは、よどんだ獄舎に爽やかな風が吹き込むような、一瞬の煌きが印象的だった。
高須久子という女性は、架空の人物かと思っていたら、実在の人物だそうだ。いや、知らなかった~。
このごろNHKの大河ドラマを見ていないけれど、昔、吉田松陰を篠田三郎が演じたものがあって、どうも吉田松陰というとそのイメージが浮かんでくる。
志に生きて凛とした松蔭が、適役で素敵だったな。
この本は、もう一つ別のお楽しみがある。なんと本の下の余白に、見開きごとに一首ずつ歌が載っている。
最初、一首載っているのに気がついて、ページをめくると、「あれ、ず~っと書いてあるじゃない」
総数200首以上で、正岡子規から俵万智まで、近現代の主要歌人、話題となった歌は概ね網羅しているということだ。
あっ、こんなところに塚本邦雄が‥とか、こんな作家がこんな歌をとか。
沢山の知らない歌人の秀歌に、本編を忘れて読みふけることもできた‥‥実に楽しい本だった。