昭和は遥か

赤朽葉家の伝説

『赤朽葉家の伝説』 桜庭一樹 (東京創元社)

鳥取の旧家、赤朽葉(あかくちば)家の女三代の物語。

昭和から平成に至るまで、赤朽葉家の女たちが、それぞれ全く違う人生を時代と共に歩んでゆく姿が、鮮やかに描かれている。

三部構成で、第一部は語り手となる「私」の祖母、赤朽葉万葉の時代。

彼女は辺境の人、サンカに置き去りにされた少女だった。後に製鉄業で財を成している赤朽葉家に嫁ぐことになり、「千里眼奥様」と尊敬と畏怖の的となる。

第二部は、万葉の娘で私の母親、赤朽葉毛毬の時代。

彼女は筋金入りの暴走族。恋と友情、抗争に明け暮れるレディースのヘッドになる。その後、ある事件が切欠で足を洗い、一転、いままでとは縁もゆかりも無い業界で、爆発的な売れっ子になるが‥‥。

そして、第三部は毛毬の娘、語り手の赤朽葉瞳子の時代。

彼女は赤朽葉家に生まれてしまった、ごく平凡な女性。輝きが失われた赤朽葉家で淡々と今を過ごしている。

一言で例えるとすれば、万葉はミステリアス、毛毬はドラマチック、瞳子はナッシングと言った感じ。

しかし、何といっても「赤朽葉家」というのが、期待値を嫌が応にも高める。タイトルの勝利かな。

タイトルから横溝正史的な展開かと想像したが、湿っぽい粘着性は感じられない。乾いた感じが今っぽい。この作家を初めて読んだので、他の作品は知らないが‥。

戦後日本の急成長、公害、オイルショック、暴走族、バブルとその崩壊、いじめ、ニート等々、リアルタイムで経験したことが次々と出てくる。登場人物たちもしっかりその中で生きている。

けれど、語られている同じ時間の中に、私自身がいたとは思えないほど、まったく違う世界の話しのような感じがした。この感覚はちょっと不思議だった。

昭和は、どんどん世の中が複雑になり、変化のスピードも加速度がついてくる。世の中の事象を共有する感覚も細分化されて、年代差より個人差の方が大きくなるのだろうな、という気がした。

あらためて、人生は共有できない。と思った。

だから、何も無い瞳子の人生も彼女だけの尊いもので、世界は一人一人のために美しくなければならないもの‥‥なのかもしれない。