今宵は夜市が‥
『夜市』 恒川光太郎 (角川書店)
裕司は少年の頃、幼い弟と不思議な夜市に迷い込んでしまった。
常の世ならぬ世界、夜市には様々なものが売られていた。
彼は人攫いが商う店で弟を売り、代わりに「野球選手の器」を買った。
弟には必ず助けに戻ると言い残し、裕司は夜市から現実の世界へ開放された。
しかし、家に帰ると弟の部屋は既に無く、弟の存在自体が無いものとなっていた。
弟と引き換えに得た野球の才能、自分だけが知る弟の存在と消滅。
「弟を売った」という罪の意識とともに、裕司は成長していくことになった‥‥。
夜市での売り買いは「まっとう」な取引でなければならないという。
「ふん、教えよう。いいかい。この世界の神は<夜市>なんだ。なぜならここは夜市だからね。ここで商売をしているやつらは、俺も含めてだが、さっきも言ったように<夜市>の一部だ。<夜市>自体は俺らにとってすら、姿もないし触れることもできないけれど、そこにはルールが生きている。外の世界とは異なる法則、商売をする上でのルールがね。‥‥」(P68)
私は夜市の「まっとうさ」に心惹かれた。
そこには厳然とした何かが在る。
価値と代価ということを、裕司や弟の運命が嫌というほど教えてくれる。
ふと鏡花の『夜叉ヶ池』を思い出した。
夜叉ヶ池の主である白雪姫は、人間との約束を破る寸前に、心根の美しいお百合さんの子守唄を聞いて思い留まり、人間を滅ぼすような行為をしなかった。
魔性の白雪姫でさえ、人が人を愛する心の尊さに心を動かされ、人間との約束を守ろうとした。
それは住む世界の隔たりを超えた、崇高なもの、大切なものは何かということを思い起こさせる。
夜市でも偽りだけは許されない。裕司も弟も卑怯な人間ではなかった。
それが哀しいほど潔くて、涙がにじんできた。
“今宵は夜市が‥” に対して6件のコメントがあります。
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>みちこさん
千と千尋は娘が祖母と見に行きました。実は私自身は、宮崎アニメの絵があまり好きではないんですよ。
ストーリーは好きですが、女の子の顔や人の顔がどうも‥‥
宮崎アニメが好きじゃない、っていうと悪人みたいだから、あんまり言わないんですけどね(笑
引き出し開けたらジャージおじさん、いいなぁ。実物大だと恐いけど、それくらい小さかったら可愛いかも。
小説は好き好きですね。小説は私にとっては一番手軽で一番好きなストレス解消法かな。
もう何年も、小説を読まなくなってしまった私です。
ほら、千と千尋の神隠しという映画も、うっかり入り込んでしまった別世界ですね。あの映画、好きなんですよ。
最近、事実にしか興味が無いので、本当に別世界があるのなら、どんなものだか知りたいなあ、とは思います。
あまり関係ありませんが、釈由美子さんが、19歳から霊感が出て、おじさんの妖精を見るようになった話は爆笑ものです。引き出しを開けたら、ジャージーを着たおじさんが、何かごそごそ探していて、釈さんとふっと目が合ってしまった。思わず引き出しを閉めてしまって、またあけたら消えていたとか。何探してたんだろうなあ。
>ワインさん
最初の一行から引き込まれて、どんどん先が読みたくなりますよ。
このごろ特に、等身大のとか、身近な日常とかいう小説は読む気がしません。それはもう現実だけで十分、って感じです。
>常軌を逸していてもなおそこに美が存在しますね。
そうですね。まっとうの基準もそれぞれあると思いますが、それが各々完結している。その形の美しさなのかもしれませんね。
別世界の入り口ですか、‥私は恐がりだから、自分からは入りませんね。この小説読むだけで辛くなりますから。
実際に不思議な体験をされる方もいらっしゃると思うけれど、私は霊感も全然ないし。
そういう世界に呼ばれる人と、呼ばれない人がいるんじゃないかと思いますね。
>於兔音さん
どこか淡々と静かな小説ですね。恐いというより哀しい小説だと思いました。
人の心の深い淵を覗き込むような感じがありました。
『夜市』は続編が出そうな結末ではありますが、このまま終わって欲しいような感じもありますね。
新作は未だ読んでません、期待しますけれど‥‥。
たいへん心惹かれる小説ですね。上質のホラー小説って実のところ大好きなんです。
「まっとうな」ルールというのは、常軌を逸していてもなおそこに美が存在しますね。「魔界のルール」「裏社会のルール」「夜のルール」
この自分が知る世界の常識が通用しない別世界への入り口が開いたとしたら、踏み込んで中をみたいと思いますか?
すごい作品ですよね。。『風の古道』も、、、
新作がでたそうですが、、どうでしょう。
これ以上のものが書けたのかとっても心配で
まだ読んでいません^^;