赤に酔う
『完璧な赤 「欲望の色」をめぐる帝国と密偵と大航海の物語』
エイミー・B・グリーンフィールド著/佐藤桂訳 (早川書房)
日ごろ私たちは、沢山の色に囲まれて暮らしている。中でも赤は最も身近な色かもしれない。
赤は色々な文化で神聖な色とされているし、様々な象徴的な意味合い、イメージを持った色だ。
生命、繁栄、健康、太陽、熱や火、病気の治癒、邪気払い、戦争、危険、革命、愛情、罪など、あげればきりがないように思う。
さて、この本の舞台はヨーロッパ。
ギリシア・ローマの王からキリスト教の聖職者、貴族は、「赤」を神聖な色、強者の色として競って身にまとおうとした。
しかし古来から、色としての赤、真紅を作り出すことは非常に難しく、特に布を真紅に染めることは特別な染料と技術のいるものだった。
また、ヨーロッパに赤の元となる天然物質が乏しかったことも、希少価値としての赤に拍車をかけたようだ。
赤い服を身につけること、赤を多用した絵画を所有すること、赤いタピスリーを飾ること、正に真紅は富と権力の象徴だった。
ラファエロ「レオ10世と枢機卿たち」
カルパッチョ「St. Stephen Preaching」
カルパッチョは素晴らしい赤が特徴的な、ルネサンスのベネツィアを代表する画家。
プルーストの『失われた時を求めて』の中でもカルパッチョの赤が出てくるのを思い出した。
ネットで調べていたら、料理のカルパッチョも赤と白が印象的なこの画家が由来とのこと、知らなかった~!
大航海時代、ヨーロッパの「赤」に一大転機が訪れた。
スペインが新大陸で理想的な赤い染料を目の当たりにしたのだ。
ウチワサボテンに付く、コチニール(コチニールカイガラムシ)がその正体だった。
スペインはヨーロッパへのコチニール供給の一切を取り仕切り、コチニールの全てを秘密にし、莫大な利益を生んだ。
以後何世紀にもわたってコチニールは、ヨーロッパの人々の欲望の的になった‥‥
ブロンツィーノ「ルクレツィア・パンチャティキの肖像」
ふんだんに緋色の生地を使い、臙脂色とのコントラストも美しい。貴族階級のルクレツィアならではの冷徹なまでの豪奢。
コチニールの和名はエンジムシ、で臙脂色というとのこと。赤といっても朱色のものから紫に近いものまで微妙な発色があったようだ。
「コチニール色素」について
http://www.saneigenffi.co.jp/color/ncochi1.html
読むまでは、これほどヨーロッパで「赤の染料」を巡る覇権争いといったものが熾烈であったとは知らなかった。
あらためて、ルネサンスの絵画を見直すとなるほどなぁ、という気がする。
貴族の室内を飾るタピスリー、私はどうして絵画ではなくて織物なのだろうと不思議に思った事があった。
赤い染料がどれほど貴重なものであったか、染色するための高度な技術、熟練の職工の存在など、絵画より手間隙かかる高価なものだと分かり、納得がいった。
「貴婦人と一角獣」 パリ・クリュニー美術館
タピスリー(tapestry)と言ったらこれが有名。 背景に赤、どれほど贅沢だったことか。
19世紀、人工染料が開発され、赤が特権的な色である時代は終わったが、赤の象徴性は相変わらず残っている。
赤は人間の生と死に関わる色、好き嫌いに関わらず惹きつけられ、注目せざるを得ない色なのだろう。
『貴婦人と一角獣』 トレイシー・シュヴァリエ著/木下哲夫訳 (白水社)
こんな本もあるのね~、また読みたい本が増えた。
“赤に酔う” に対して6件のコメントがあります。
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ほんと赤のバリエーションは多いですね。
ご存知かもしれませんが、「色見本の舘」http://www.color-guide.com/
っていうサイトとっても面白いですよ。
「貴婦人と一角獣」は6枚の連作みたいで、随分大きなもののようです。いつか見てみたいです。
>神聖な場面にも見えるし、呪術めいても見える両極端な雰囲気に私は感じるのです。
そうですね。本当に赤は守備範囲広いです。
>虫って印象悪いようで。
べつにそのままの形が入っている訳じゃないですけれどね(笑
でも昔の人は、あらゆる物から色を見つけ出しますよね。すごいなぁと思いますよ。
kyou2さん、こんばんはです。
赤は己の肉体に流れる血と同じ色だから神聖なものに感じるのでしょうか?後は炎の赤。赤にもさまざまなバリエーションがありますよね。真紅ってどんな赤なのかなと考えてしまいました。
中世では権力や富の象徴とされるほど赤という色が貴重だったとは知りませんでした。そういえば、真っ赤な背景の絵ってあまりないですね。
「貴婦人と一角獣」は一度みたら忘れられない絵です。ユニコーンや獅子の具象化が好きなのですが、もうひとつやはり燃えるような真っ赤な背景だったのですね。神聖な場面にも見えるし、呪術めいても見える両極端な雰囲気に私は感じるのです。これも赤の魔術なのでしょうね。
コチニール色素って確か食紅代わりに食品に使われていて一事騒がれていたの思い出しました。食紅よりも害はないみたいですが、虫って印象悪いようで。
>みちこさん
色々興味深い話をありがとう。
初めてヨーロッパで白い磁器を焼くのに成功したのが、マイセン辺りでしたっけ。
職人を監禁状態にして作らせたとか言う。ちょっとあやふや。
マイセン窯の柿右衛門写しを、フランスやイギリスでまた写したそうですよ。
>余談ですが、コチニールの原料の虫は、最近量が減っているそうで‥‥
そうですか。
この本では、現代のコチニールブームの中で、ここ数年はペルーが世界のコチニール供給の80%以上だそうです。
問題はコチニールの価格が安定しないこと、供給過剰になっていること、とありました。
古代のコチニールの中心地メキシコでは、それほど大きな産業にはなっていないようです。
質の高いメキシコ産コチニールは合成染料40倍以上の値段になることもあるそうです。
(あくまでこの本の記述からで、全体像はどうであるか、私は全然知りません、ご容赦を。)
>女って変ですね。
そうですね。変なうえに強いですね。
ほうほう。カルパッチョの語源がねえ。。。
コチニールについては知っていましたが、それをスペイン人が独占していたとは知りませんでした。あれは、生糸を実に簡単に染められるんですよね。しかも、天然染料なので、食品添加物として、まがいもののオレンジジュースにもなるし。ま、虫を飲んでいると知ったらどんな気がするかな?なんて、専門家が言ってましたが。
タペストリーですが、ペルシャの方の技術と言うのは、やはり、仰天するものがありますね。先日、豊臣秀吉が、シルクロードを渡ってきた献上品をいたく気に入って、それで自分の陣羽織を作らせたものを、完全復元した物が紹介されていましたが、本場の最上盗品に比べると、全然見劣りする。献上品は、まあ、2級品だったんです。日本には無いものだから、それでも、充分だと踏んだんでしょうね。
ヨーロッパの赤への執着といえば、7年戦争を戦ったプロイセンのフリードリヒ2世が、柿右衛門に執着したという話を思い出します。磁器までは、なんとか錬金術師にカオリンを発見させて作らせたものの、柿右衛門の赤はどうだったのかな。。。
ヨーロッパは、胡椒が欲しくて大航海時代を起こしたり、何かを求めて、という理由が多いですね。具体的な欲望が強いと、物語としては、分かりやすくて面白いですね。命令する方も簡単だし。「赤を求めてまいれ!」とか「胡椒を捜して地の果てまで言って参れ!」とか「不老不死の薬を探すまでは帰ってくるな!」とか?
あっ、これは中国でしたか。
余談ですが、コチニールの原料の虫は、最近量が減っているそうで、ターシャ・テューダー(アメリカのおばあさん)も嘆いていましたが、養殖できないのかな?
「人の血が赤い限り、やっぱり無視できない色ですね」あらら、かっこいいセリフ。
また余談ですが、わたし、人間の血が苦手だったので、初潮が始まるのが怖かったんです。大量の血を見たら気絶しちゃうんじゃないかと思って。小さいころに、交通事故を見てトラウマがあったので。実際には、自分の血は平気でしたがね。女って変ですね。
>吟遊詩人さん
こちらこそ、書き込みしてくださってありがとうございます。
色を作る、ということをあらためて感じた一冊でもありました。
今は手軽に色を使うことが出来るけれど、そのことで色を大切にする気持ちが薄れてた自分を反省しましたよ。
本のカラー図版に、コジモ・デ・メディチが真紅の帽子と衣装をまとった絵がありました。
メディチ家は、さぞかし値の張る赤を使っていたんでしょうね。
私自身はあまり赤は好きな色ではないのですが(笑
人の血が赤い限り、やっぱり無視できない色ですね。
このあいだは メッセージいただきありがとうございます☆
お友だちの染色作家さんのお家で メディチ家の赤についての
お話で盛り上がったことを思い出しました
赤には いのちを感じます
徒然日記とても興味深く読ませていただきました