クリヴェッリの俤
『半身』 サラ・ウォーターズ著/中村有希訳 (創元推理文庫)
1874年、ヴィクトリア朝のロンドン。
華々しい繁栄と共に、貧困や犯罪の社会問題が増大し、科学の発達や機械万能の世の中は、
人々に内的な思考や神秘を求める傾向も促していた。
主人公マーガレット・プライアは裕福な家庭に生まれ育ったが、今では傷心の老嬢といわれる立場。
彼女はある日、テムズ河畔にあるミルバンク監獄に慰問に訪れ、そこで一人の若く美しい女囚と出会った。
その人は暗い房の中、あるはずもない一輪の菫を手に持ち、そっと息を吹きかけていた。
シライナ・ドーズ‥‥霊媒だった。
表紙に私の好きなカルロ・クリヴェッリの「マグダラのマリア」が使ってあるので、先ず目を引いた。
文中に、シライナの顔がクリヴェッリの描いた聖女か天使のようだというくだりがあり、それでと納得した。
マグダラのマリア(左)も似ているのかも知れないが、私には凛と強いアレキサンドリアの聖カタリナ(右)のイメージがあった。
マグダラのマリア 聖カタリナ
読むほどに、ヴィクトリア朝の闇の深さ、霧の濃さが感じられ、中でも実際に存在したミルバンク監獄は、一際不気味な怪物として、小説の上に重くのしかかっているようだった。
シライナは石の檻に閉じ込められ、マーガレットはジェンダーの檻に閉じ込められている。
立場も身分も違う二人が、絡み合って運命を進んでゆく。その軌跡はそれぞれの身分の女性像の力強さと限界を表しているようだ。
また、貴婦人達が霊媒を使って開く交霊界、霊魂が蝋に残した手形等、神秘趣味ともいえる風俗もとても興味深かった。
終盤、マーガレットが事態を把握していく様子は一気に加速度がつき、実にスリリングな幕切れだった。
ヴィクトリア朝の風俗を思い浮かべると、ジェームズ・ティソの作品を思い出す。
「日本の工芸品を観る若い女性たち」
「テムズ河」
「ご一緒できて光栄です」
先日読んだ、赤江獏の小説にも出てきた「フィギュア・ヘッド」も見える。
そういえば、新聞の読書欄に「赤江瀑短編傑作選」が光文社文庫から刊行が始まるとあった。
去年の12月には「赤江瀑名作選」も出ていたようす。
読んでみようかな、読みたい本が数珠繋ぎだけど‥‥。
“クリヴェッリの俤” に対して2件のコメントがあります。
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>みちこさん
この本は推理小説というわけではないのですが、あまり詳しく感想を書くとネタバレになるかな?という小説で、突っ込んだ事、書いてないんですよね。
(まァ、そうじゃなくても大した事書いてないですが)
にも拘らず、この小説の面白さを正確にキャッチしてくれて、何だか嬉しいです。
おっしゃるとおり、舞台背景が実に魅力的なんですよね。社会にも個人にも矛盾をはらんでいて。
読んでいて、コレ映画にしたら面白いんじゃないかと思いました。っていうか映像で見てみたい!という感じでしょうか。
>クリヴェッリの聖女は、純粋な魂というよりは、怪しげな雰囲気が有るので‥‥
そうですね。得にマグダラのマリアは蠱惑的ですね。
とても15世紀に描かれたとは思えないほど、現代的な顔をしていると思います。
クリヴェッリは人妻を誘惑して裁判沙汰になった事もあるという人物なんですよ。
とても読み応えのある作品のようですね。
背景となる時代が面白いですしね。
良く知りませんが、イギリスが隆盛を誇った時代。産業革命。ロンドンの万国博覧会。帝国主義による植民地からの搾取。切り裂きジャック。貧富の差。
科学万能主義に陥った時代に、霊媒的能力を持つものは、精神病院行きですよね。もう少し後になると、反動で、コナンドイルとかが、神秘主義を広めていくんでしょうか?
クリヴェッリの聖女は、純粋な魂というよりは、怪しげな雰囲気が有るので、こんな人が本当に居たら、ちょっと凡人は怖いです。。。