数学はお好きですか?
『世にも美しい数学入門』 藤原正彦/小川洋子 (ちくまプリマー新書)
タイトルを見て、
後半の「数学入門」‥‥これは分からないかもしれないが、
前半の「世にも美しい」なら分かる気がする! と思って読んでみた。
わけは、娘の期末テスト勉強で、数学をみてやったりしたから。
相変わらず難しくて、「まぁ、普通レベルの問題が出来れば充分だよ。」と慰め合い、
「こんなの解けるの神だ~!」と二人で嘆いていた。
‥‥なもんで、気になって手にとってみたのだ。
藤原氏と小川氏の対談形式で、実に読みやすく楽しかった。
オーバーな言い方をすれば、世界をちょっと違った見方で見られるような新鮮味があった。
本の最初から最後まで、数学はとてつもなく美しいものだ、永遠の真理が持つ美しさは数学の中にこそある、と説く。
そして、日本人は美的感覚が優れているので、数学の水準が昔から高いのだそうだ。
一つの例として、日本の天才数学者が、日本人に俳句があるからだ。といっているのを紹介していた。
[藤原] ‥‥たとえば「荒海や佐渡に横たふ天河」とかね。目の前の荒海を見て、向こうの佐渡を見て、そして天の川という宇宙までいっちゃうようなイマジネーションを、子供の頃から鍛えていると。岡先生は、このイマジネーションは数学におけるオリジナリティーと同じだとおっしゃるんですね。 (P27~28)
なるほどナルホドという感じ。
また、面白いなあと思ったのは、数学に限らず漢文でもお経でも暗記するくらい親しむ、弄ぶことが重要だといっていたこと。
「暗唱というのは非常に独創性にかかわること関わることおもいます。」という言葉がとても印象に残った。
その内容を受けて小川氏は、
[小川] 最近はゆとり教育などと言われて暗記することが否定的に扱われていますけれど、違うんですね。暗記することで人は言葉や数を宝石に変えられる。それは人間にとって絶対に必要な教育です。 (P74)
そうね。『平家物語』や『枕草子』の冒頭文とか百人一首とか暗記しているけれど、何かの拍子にそれがフッ現実の情景と重なったり、新しい意味や、今まで感じ得なかった情味が分かることがある。そいういうのって自分自身にとってとても素晴らしいことだと思う。
あっ、数学とは全然関係ないけど(↓しゅん
他に感心したのは、ゼロ0というのはインド人の発見、負の数を最初に認めたのは中国人であるということ。
負の数は負債のマイナスがあったから割と簡単だが、ゼロは難しくてそれより何世紀も後だという。
インドは哲学的にすすんでいて無があったから、ゼロをすんなり認められたそうだ。
日本はやっぱり、考え方としてこっちの流れでしょう。
禅画や水墨画にあるような余白の美はこちらでしかありえないような気がした。
もう一つ、何か全く理解を超えていたのは、「円と無関係に登場する兀の不思議」っていう章に出てくる「ビュッフォンの針の問題」というもの。
10センチ間隔の平行線を引いて、5センチの針を投げた時、針が平行線に触れる確率は兀分の一になるそう。(10センチと5センチじゃなくても針の長さが幅の半分なら同じだそう)
なんでしょうね~。触れるか触れないか二分の一じゃなくて、3.14分の一っていうのがビミョ~過ぎます。
藤原氏が神様は色々な所に何かを隠している、そういう深い信仰を持って、神様の懐を少し見せていただくように‥‥
というようなことを仰っていた。
本当に一流の人物というのは、素晴らしく謙虚なのだな。
『国家の品格』ってどんな事書いてあるのだろう?と思ってみたり。
「数学はお好きですか?」って聞かれたら、
「ええ勿論、数学は美しいから好きです。」なんて答えられる人は、私にとってやっぱり神だ~!
“数学はお好きですか?” に対して6件のコメントがあります。
コメントは受け付けていません。
>TOMATOさん
『博士の愛した数式』じんわり系ですか。私は食わず嫌いかもしれませんが、小川洋子さんは苦手な感じがしました。
でも、超灰汁の強そうな藤原さんに対して、小川さんは砂が水を吸いこむように受け答えをされていて、流石だなぁと感服しました。
こんばんは。
以前、小川洋子さんの「博士の愛した数式」を映画と本で読みました。
余韻の残る話で、じんわりときました。
が、どうも数学(あと理科も)の面白さに気付きました、というような革命的な師や本との出会いには、ならなかったようです。^^
>Yadayooさん
真打登場ですね。読んでいてYadayooさんを想像していましたもの。
>ライバルたちの才能のすごさを目の当たりにして、
>モノの世界に進むことにしました。
そうですか、と言っても、もう考えられないレベルのお話しです。
>(わかったようなわからないような言い方で申し訳ありませんが)
お、お気遣い無く(笑
何となく針先が回転して円になるのかなぁ何てレベルなもので。
どれだけ長い針を使ったら、二分の一になるのかな~?なんて想像していました。
>数学部門のノーベル賞にあたるのはフィールズ賞で、‥‥
そうなんですか。40歳以下ですか、大器晩成型の学問じゃないんですね。若くて柔軟な脳が美しい定理を発見するのかしら。
色々教えてくださって、ありがとう。
何を隠そう、私は若かりし頃、数学の本質は美であると思い、
その道に進もうと真面目に考えていました。
が、ライバルたちの才能のすごさを目の当たりにして、
モノの世界に進むことにしました。
でも私はマッタク神でも何でもありません。
ビュッフォンの針の問題は、針が平行性となす角度がフリーなので、
πが出てくるのでしょうね。
(わかったようなわからないような言い方で申し訳ありませんが)
(蛇足)
数学部門のノーベル賞にあたるのはフィールズ賞で、日本人では広中平祐さんほか3名が受賞しています。40歳以下という制限があります。
>みちこさん
>それらの定理には、良し悪しがある。美しい定理イコール良い定理とされる。
>というのを読んで、面白いなと思ったことがあります。
よくご存知ですね。私はこれを読むまで全然しりませんでしたよ。
どうも数学と美しい美しくないとかいう事と結びつけて考えたことはあまり無かったですね。
ルネサンスの画家でピエロという人は数学者でもあったわけで、厳格な遠近法を用いて描いていたことなど考えれば分かる事なんですけれど、日本的美意識と数学とリンクして考えたことは無かったです。
この本でも藤原さんが見つけた「醜い定理」っていうのが紹介されていましたよ。
> 色んな知られざる底力があるなあ。
ホントにそうですね。底力が枯渇しないためにも子供は宝ですね。
数学者は定理を発見し、証明するのが仕事らしいですが、それらの定理には、良し悪しがある。美しい定イコール良い定理とされる。
というのを読んで、面白いなと思ったことがあります。
ビュフォンの針ですか。中学生のとき、確立が数学で表せると言うのが信じられなくて、一気に数学嫌いになった私です。
学問と言うのは、なんでも、いきなり入らずに、どう面白いのかを説明してもらえると、(理解できるかどうかを別にして、きらいにまではならないんでしょうにね。
ノーベル賞に数学部門があれば、日本人はたくさん取れていたそうですね。インド人の子供は、今でも二桁の九九を暗算しますしね。
色んな知られざる底力があるなあ。