江戸絵画は盛沢山
「若冲と江戸絵画展」へ行ってきた。
今回は若冲がメインというよりも多士済々、百花繚乱といった感じ。盛沢山の展覧会で日本の美術を大いに堪能できた。
まずは若冲の感想からだが「動植綵絵」を見ているせいか、同じような作品では「動植綵絵」の素晴らしさが再確認されたような気がした。一番良かったのは、「花鳥人物図屏風」「鶴図屏風」だった。
以前から若冲の水墨画には圧倒されていたので、この2作品を見ることが出来てよかった。
鮮やかな墨の色、伸びやかに一気に描き上げる筆遣い、構図の面白さ、筋目描きなどの独特な技巧、どれをとってもスゴイとしか言いようが無い。
そして、作品から溢れるどこかひょうきんで自由な精神、若冲の水墨画はけして彼が気難しい堅物ではないことを示しているように思う。
若冲の細密作品も、緻密な描写を楽しむ、あの枡目描きさえも楽しむ、といった遊び心無しに描き得るものではないように思う。
「動植綵絵」のようなマニエリスティックな作品も水墨画の抽象的ともいえる作品も、徹底して形を極めた点では似ているように思える。
どちらも形を超えたそのものの本質を、別々の形で表現しているように思う。
今回展示の枡目描き作品「鳥獣花木図屏風」は、若冲の真作であるかはハッキリしないそうだ。(彼の作品ではないと断言する研究者もいる。)
図版でしか見たことはないけれど、同じ枡目描きの若冲の真筆「白象群獣図」に比べると配色も形も随分と幼稚に見える気がする…。
お得意の鶴も嘴がペリカンみたいだし、鶏もぬるいなぁという感じ?
枡目描きの一マスは、☐に小さい☐を濃淡でいくつか入れて一マスとするのが基本みたいだけれど、「鳥獣花木図屏風」を見ると6分割したもの、9分割したもの、☐に横に筋を入れたもの、☐に模様を描いたものなどかなりバリエーションがあるのが分る。
「白象群獣図」の一マスはどうなっているのだろう。機会があったら是非見てみたいものだと思った。
それにしても面白い描き方。何か目的があってこのような描き方をしたのだろうか?
若冲以外で印象に残ったのは円山応挙「赤壁図」長沢芦雪「神仙亀図」「白象黒牛図屏風」 曾我蕭白「鶴図」 鈴木其一「貝図」
特に蕭白の「鶴図」は、ギラギラしたエグイ作品ばかりしか知らなかった私にとって、とても新鮮だった。
蕭白「鶴図」部分
微妙な諧調の墨の色が、静かで冷ややかな表現になっていて、こんな一面もあるのだと改めて蕭白の凄みを感じた。意外と冷めた人なのか…
同じ奇想の画家といわれる芦雪の方は、大胆だけれど、温かみのある絵を描くなぁという感じを受けた。
芦雪の描く亀や虎、巨象・巨牛でさえもユーモラスで親密感がある。
其一「貝図」
其一の「貝図」は優しく粋で、さすが江戸前といった感じ。小品だけどとても好きだ。
丁寧な描写、気持ちのよい色、なんのケレン味も無くありのままの美しさ。清清しい軽みは新しい時代を感じさせるように思った。
余談だけど、其一の次女お清は、河鍋暁斎に嫁いでいる。これまた父とは違って濃いめな…
楽しかったのは「遊興風俗図屏風」
当時の人はこういうものを、テレビでも見るように楽しんだのだろうか。色々な身分の人が、それぞれの装束でのどかに遊びに興じている姿。17世紀の江戸時代はまだゆっくりと豊かさを満喫していたのだろう。
トランプ、碁、バックギャモン?などのゲームをしている様子が面白かった。
感想を書いていると、あの絵をもう少し見ておけば良かったとか、あの絵のあの部分はどうだったっけ?とか思ってしまう。
全部の展覧会でカタログを買うわけではないので、そういう時はちょっと後悔もするが・・・
実際に見た衝撃や印象が、経年変化でカタログの絵の印象になるのが恐くて買わないこともあるかなぁ。
プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=3119
まだ行けていません。間に合いますように…と「ブルータス」でも若冲特集していました。
最近はもれなく図録だけは買うようにしています。
美術系の書籍ってかならず図録よりは高いですしねv
テキストも面白いものが多いので。
北斎のときは額絵は変えませんでしたが今回は複製画みたいなものは売っていましたか?
コメントを書いたものかどうしようかと思っているうちに、日が経ってしまいました。(こんなことが結構多い自分です)でもちょっと書いてみようかな。絵からにじみ出るユーモラスな感じとか、おおらかさとか、どこから醸し出されるのでしょうか。作者に会ったことがなく、絵しか見ていない状況でも、不思議にその辺の感じは一致しているように思うのです。若冲の絵画の中に、どことなくユーモラスなものがありますね。(蛸の絵は明らかにそれを狙っていますが)芦雪の幽霊図も見方によっては、どこか温かみがあって、まろやかなやさしさを感じてしまうのですが。
其一という方の、貝図は、端整ですね。貝の模様というのは、意外とグロテスクで、じっと見てると私は気持ち悪くなったりしますが、ここでも、そういった類の大きい貝が写実的に描いてありますが、優しい色の植物と合わせると、きれいなものですね。
海に行くのは好きなんですが、フナ虫とか、ほら、岩に白いグネグネ模様があったり、ああいうのは生理的に駄目で。。。
今まで見た海で一番は、奄美大島です。匂いも、磯臭さなんか全く無い。お魚の美味しさは北に負けるけど、遊ぶには最高でした。
京都の貴族は、海を見たことが無かったから、貝にも特別の思い入れがあったように聞きましたが、日本画にとてもよく合う対象物だと思います。
とうとう行かれましたね!
kyouさんはいつもとても丁寧に絵を鑑賞されるんですね。
私など、美術館はとてもエネルギーをつかって疲れてしまうほうなので、絵を見るときも直感にたよっている感じです。説明などあまりじっくり読まないし、音声ガイドなども一度もつかったことがありません。
ですから、あとから展覧会の絵についていろいろと書かれた批評とか感想などを読むと、ああ、なるほどねと、とても新鮮です。直感的に観るというのは、たぶん言葉に置き換える作業をはぶいてしまっているということね。
若冲、kyouさんのおっしゃるとおり、とてものびやかで自由な人間だったのだろうと私も感じました。
いい絵をみると、こころが解き放たれ自由になりますね。