未来のために
『はるかなる夏 - ある満州開拓夫婦の漂流物語』 後藤和雄 (無明舎出版)
副題に「ある満州開拓夫婦の漂流物語」とある。だが読み終わると、とても「漂流」とは思えず、なんと逞しく人生の荒波を乗り越えてきたことだろうと思った。
本書はご夫婦が残された満州時代の手記を中心に、長男である著者によって上梓されたものだ。
その手記は、実に戦後30年を経て書き始められたという。
長い沈黙の間に、どれほどの思いが硬く大きな塊となってきたのかは、けして安易な想像を許すものではないだろう。
手記の言葉は、けして激しい口調でも、殊更に生々しい描写があるわけでもない。
しかし、長い年月を経て語られただけの、余分をそぎ落とした、率直な、掛け値なしの真実があった。
長年のうちに記憶は変化したり、曖昧になったりもする。著者は不確かな断片を資料に照らし合わせ、難しい検証作業を受け持つ。
本書は親子二代による合作であると同時に、親と子それぞれの「形の無い思い」を形にした「過去の証」であるように思えた。
手記の大部分は、母親であるキヌさんによって書かれている。満州へ渡る経緯から現地での暮らし、戦争、引揚げ、戦後から平成時代・・・。私はキヌさんの生き方にとても感銘を受けた。激動の時代も近年も、自分の意思と行動で自らの運命を切り開いている。
たしかに幸運に恵まれていたこともあったかもしれない。けれど、幸運に恵まれてもそれを礎として前進してゆく姿勢なしには、到底厳しい戦後を乗り切ってはこられなかっただろう。
ところで、最近テレビのニュースで「ドミニカ移民訴訟」が取り上げられていた。「ドミニカ移民」は戦後の引揚者対策で、「戦後最悪の移民政策」と言われている。原告の方が、「われわれは祖国に捨てられた「棄民」であった。」とおっしゃっていた。私は「棄民」という言葉を知らなかったので、とても印象に残っていた。
この『はるかなる夏』の中にもその言葉を見つけた。
当時、大本営は満州にいる一般人には、ソ連の侵攻と満州全域の放棄の決定を、全く知らせることはなかった。
…そして、11日午前1時半すぎ、新京地区の軍属や満鉄関係者とその家族ら約4万人の非難が開始され、朝鮮半島を目指したという。天皇の軍隊には、一般人保護は念頭になかった。まさに「棄民」である。 (P69)
同じ「棄民」という言葉の中に、時代や国というものを考えずにはいられなかった。
また、あとがきに著者の記した言葉が印象的であった。
人の「過去」をたとえると、それは実線であり、それを振り返ることができる。その延長線の果てには、先人たちの過去の集積としての「歴史」がある。そして、「歴史」には「過去」と違って、自分は存在せず、その構成員としての責任はない。それに対して「過去」は、自分が作り上げたものであり、今の自分の存在を証明するものであり、ある時点から自己責任がともなうと考えられる。 (P152)
戦争の時代を直接自分の過去として記憶している人は、ますます少なくなってきている。
私の母でさえ横浜大空襲の前後は小学生で、疎開先から遠く横浜の方を眺めた記憶がある程度。母は、本当の苦労をしたのはもう少し上の人たちだと言っていた。
私は「戦争」というものを歴史としてしか認識できない。
平成生まれの私の子供にいたっては、昭和すら「歴史」だ…。
そういう世代にとって、本書にある手記は、単なる「歴史」に血を通わすものだと思う。
月並みではあるけれど、平和であることの有り難味をしみじみ感じ、それは一人一人が積極的に念じ続ければならないことだと思った。
歴史も過去も、平和で心豊かな未来のためにあるものだと信じたい。
“未来のために” に対して3件のコメントがあります。
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私はあれこれ想いめぐらすに、たぶん彼らは祖国という美しい光景を心の中に持っていたから、外国に生活しながらもうらびれた表情をしていないのではないかと思います。それが、本当はそれほどいいものではなかったとしても、憧れを持っていられたということは、ある意味では幸せなのではないかと思うわけです。
年をとって現実を目の当りにして、日本はこんなふうになるはずじゃなかった、自分はこうなるとは思いもしなかった、としか思えなかったとしたら、表情も暗くなるしかないように思うのですね。
『長い旅の記録』という、スターリン時代のソ連に亡命して辛酸をなめた日本人の手記を読んだことがあります。それを思い出しました。
ブラジル移民として戦前移住した人たちの今を撮ったNHKの番組も同時に思い出しました。
彼らに共通する表情がありますね。大変な苦労を外国でして生きてきたのに、どこか潔いきれいな顔をしている・・どうしてなのかなとずっと思っていました。日本に生活するお年寄りとは違った顔です。
大変難しいテーマですが、著者があとがきに書かれたことは、確かにそのとおりですね。先日読んだ、詩人の吉野弘さんの文章をふと思い浮かべました。言葉には、関連性がないように思われる二つの意味が付されている場合があるという文章です。「過去」の過という漢字には、時を「すごす」という意味と、「あやまつ」という二通りの意味がありますね。日々を過ごすということ自体が、あやまちの累積の上に成り立っているのではないか、ということを吉野さんは述べられています。過去は、単に過ぎ去った時間ではなくて、あやまちが去っていったというような推論をされています。過去という言葉には、どうも責任の匂いがしますね。