楽しいひととき
『地下街の雨』 宮部みゆき (集英社文庫)
表題作を含む7篇の短編集。
小一時間で読めて、その時間は必ず楽しめる。と言った感じ。
この人の好きなところは、女流作家にありがちのドロドロがないところ。
どの短編も違った味わいがあるが、どれも胃にもたれず、時にハートに優しい。
強烈な味わいはないけれど、ハズレがないのでついつい読みたくなってしまう。
ここに収録されているのは、よくある日常で起こった滅多に無い出来事、かもしれない。
「不文律」
<埠頭から死のダイビング
一家四人車ごと海中へ 無理心中の疑い>
という出来事をめぐって、関係者の話をつないでゆく手法。ドラマを見ているような面白さだ。
所々拾ってみると
隣家の主婦・矢崎幸子の話
「わりとねえ、静かなご家族だったんですよ。上のお子さんの明ちゃんが小学校の四年生で、男の子ですからいたずら盛りでしょう?それでたまにおかあさんに叱られてることがあった程度でね、 (略)」
片瀬明の同級生・三好健司の独り言
「ポストに入れといたキョーハクジョー、おまわりさんに見られなかったかなあ・・・。ママにバレたら、すっげえ怒られちゃうもんなあ」
片瀬満男の部下・柳あゆみの同僚との会話
「(略)—ねえ、だけどさ、あんたも、係長があたしにフラレたせいで自殺したんだと思う?思わないわよね?違うわよね?それだったら一人で死ぬはずだもん。子供まで道連れなんてさ、おかしいわよね?」
ってな具合で続いていく。
著者の『長い長い殺人』(私のお気に入りの作品!)を思い出した。
10個の財布がその持ち主10人を語り継いだ異色の小説だ。刑事の財布は刑事の財布らしい語り口、少年の財布は少年の目線で、死者の財布は陰鬱に・・・
「不文律」と共通なのは人物の個性の出し方、肉付けの上手さ。なおかつそれが、ありがたいほど分りやすい。
不文律。・・・最強の掟。暗黙の了解。だから、それを言っちゃお終いよとか。言わぬが花とか。