消したい過去

死者と踊るリプリー (河出文庫)

『死者と踊るリプリー』 パトリシア・ハイスミス著/佐宗鈴夫訳 (河出文庫)

リプリーシリーズの五作目の完結篇、二作目の『贋作』の続篇。

優雅な暮らしを営んでいるリプリー夫妻の近所に、奇妙なアメリカ人夫婦が引っ越してきた。

特に夫のプリッチャード氏は、あの贋作事件にトムが関わっていることを匂わせ、一連の殺人事件の真相を知っているかのように、執拗に嫌がらせをはじめる・・・

人生の中の後ろ暗い部分は、結局その人が生きている限り付いて回るものだという警告だろうか。

まとわり付くプリッチャードは、トムが犯してきた罪、殺してきた人たち、そういう消したい過去を体現している。

ハイスミスは際どいところでいつもトムを救ってきた、しかしそれは反面シジフォスの神話のようにも思う。

彼の魂はけして休まる時が無い・・・

しかし、彼はそんなことで不幸になるようなヤワな男ではない。

どちらかと言うと発作的な犯罪の事後処理の成功に、満足を感じるタイプのように思える。

情緒的な弱さと冷静な計算をする強かさと、著者は主人公に読者を惹きつける性格付けをしてる。

だから読者は、嫌な奴だと思いつつ何故かトムから眼が離せないのだ。

殺人を重ねても、嘘で固めた人生でも、トムは幸福でいられる。

これはどういうことなのだろう。

私は世の中で「習慣」になることほど恐いもの、強いものは無いと思う。

トムの場合は殺人と隠蔽、それに関連する嘘が人生の習慣になってしまったのだ。

そうなったらもう異常も日常に溶け込んで、見分けがつかなくなる。

罪の意識や良心の呵責がなければ、どんな人間でも幸福でいられる。

真の友人は孤独だけ、になってしまうかもしれないが・・・。

消したい過去” に対して2件のコメントがあります。

  1. ワイン より:

    人生シンプルな方がいい>
    そのとおりですね。嘘は嘘をよんで、どんどん複雑怪奇になってしまうと、わたしなどは呼吸困難になりそうです。
    「白く塗りたる墓」というのは聖書の中の言葉で偽善者をさしているのですけれど、そういう小説があったとは知りませんでした。

  2. ワイン より:

    「白く塗りたる墓」そのものですね。
    嘘が人生の習慣になってしまったまま幸福でいられる人間・・案外まわりにも小物ならいそうです。嘘がばれなければ、幸福なのね。じゃあ、もしもだれかがそれをすべて引っ張り出して、全部ばれたときはどうでしょう。一級建築士がマンション設計を偽造したのと同じ、そういう人生ですよね。

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