画家が使った色は?
『贋作』 パトリシア・ハイスミス著/上田公子訳 (河出文庫)
訳者あとがきによると、ハイスミスはトム・リプリーを「とっておきのアイディアが浮かんだときのキャラクター」としているそうだ。
本書はリプリー・シリーズの2作目にあたる。
天才画家ダーワットの作品について、あるコレクターが自分の所有する絵が贋作だと言いはじめる。
その理由は、ダーワットが紫の使用に際し、初期よりずっとコバルトバイオレット単色を使っていたが、5,6年前からウルトラマリンとカドミウムレッドの混色に変えた。にもかかわらず、少なくとも3年前に描かれたの自分の所有する作品は、初期のコバルトバイオレットに戻っている・・・というものだ。
そのコレクターは、画家は以前に棄てた色には戻らないものだと言い、贋作だとしている。
そして真贋を確かめるべく彼は画商を訪ね、折りよくダーワットその人に会うことができるが・・・
トム・リプリーはというと、前作のディッキー・グリーンリーフの一連の事件を完全犯罪として、今は大富豪の娘と結婚し、パリ郊外の村に住んでいた。
しかし、またしても贋作事件の中心的人物となり、犯罪を重ねてしまう。
今回のリプリーは感傷的なところはあまりなく、ふてぶてしささえ感じられる。というのも前回のひりつくようなに渇望に比べ、今回の犯罪はほんの出来心、思いつきから始まったから。
変わって贋作者としてダーワットの作品を描く、画家であり彼の友人でもあったバーナードが、苦悩を担当している。
画家としてのアイデンティティの喪失、尊敬する友人への背信行為、良心の呵責・・・
彼とトムとの顛末は、なかなか面白かった。
ぎりぎりのところを、幸運?にもすり抜けていくのは、前作と変わらないが、前作の方が面白かったかな。
でも、次作も読みたいなと思わせるのは何だろう。
それは、トムが自分はもう二度と本物の幸福感を味わえることはない、と自覚しているからかもしれない。
自らを窮地に落とし込むようなことをして、それで必死にあがいて、その刹那だけは真に生きていて、
そういう愚かなところがホント、人間的なのかな。