主人公は都市

『死都ブリュージュ・霧の紡車』 ジョルジュ・ローデンバック 田辺保・倉智恒夫訳 (国書刊行会)

ジョルジュ・ローデンバックはベルギー象徴派の詩人。『死都ブリュージュ』や短編を収めた『霧の紡車』に描き出された運河、教会、風俗、女性等々は、そのままベルギー象徴派の画家の描いたそれと重なる。

この夏に「ベルギー象徴派展」を見てきたが、そこでもローデンバックについての記載があった。読まなければと思っていた小説だったので、その時までに読んでいなかったのが悔やまれた。

今、展覧会にあった風景画を思い返してみると、なるほど沈鬱な雰囲気、灰色の家並み、ひんやりとした感じは『死都ブリュージュ』を彷彿させる。

これは展覧会にはなかったが、フェルナン・クノップフの左「廃市」、右「Canal」どちらも死都のイメージそのもの。

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ベルギーの都市ブリュージュの栄光の最頂点は15世紀。中世から金融、貿易で栄え、美術・工芸も盛んになり15世紀にはファン・アイク兄弟、ファン・デル・フース、ハンス・メムリンク、ペトルス・クリストゥス、と天才を育んだ。小説の中でも彼らの作品が、確固たる傑作として存在感を放つ。

あらすじは、若い妻に死なれた男が、ある日妻とそっくりな女を見つけ、男は彼女を死んだ妻に重ね合わせるが、次第に違いが露呈し男は破滅の道をたどる・・・というもの。

著者は、ブリュージュを過去の記憶に支配される都市として、また単なる背景としての都市ではなく、生きている人々に絶え間なく影響を与え、あたかもその精気を吸い取っているかのような存在として描いている。

淡々とした情景描写が、心理描写にもましてメランコリーを助長し、灰色のグラデーションとなって全体を覆っている。

人の愚かさ、儚さ、滑稽さが、ブリュージュのカリヨンの音色、教会の行事、水辺の風景に飲み込まれ、溶け込んでゆく。

あたかも、沈鬱な死都が人間の営みを些事にしてしまっているかのように・・・

ブリュージュに魅せられた著者によって、この都市は永遠に死都として人々の印象に残るのだろう。

主人公は都市” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >ワインさん
    >本の内容と関係のないところで・・・

    とんでもない、ど真ん中ですよ。おっしゃるとおり、このブリュージュのイメージはローデンバックのイメージですね。
    ブリュージュが「死都」なのではなく、ローデンバックが「死都」にしたのだと思います。
    ちょっと罪作りですね。私のように読むだけで実際に行かなければそういうところかな~などと思ってしまうかも。

    話の内容はいたって普通で、象徴派の絵画との絡みがなければそれ程インパクトのある小説でもなかったように思えます。

  2. ワイン より:

    ヨーロッパの町はどこも似たような雰囲気をもっています。町によってもちろん個性はあるけれど、日本からあちらへ行くと、石畳や、教会や、町の中心に広場があって噴水があって、家はみな道に背をむけ庭は内側で外から見えないつくりが都市部には多い、そういう共通したものを見出します。
    ブリュージュは瀟洒な日本人好みの町だと思っていましたが、作者の目には全然別の風景として焼き付けられているのでしょうね。
    町の風景は、その人の心の風景かもしれない。
    東京砂漠と言う人がいるけれど私には東京は懐かしくあたたかいふるさとの町としてうつるし、杜の都仙台と言うけれど、私には沈鬱で退屈でメランコリックな町でしかない・・それと同じかなと思いました。本の内容と関係のないところで話をしているようですが・・

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