古典の味わい
『世界幻想名作集』 澁澤龍彦編 (河出文庫)
幻想文学の古典的作品のアンソロジー。奇妙な味わいと名状しがたい余韻が楽しめる。何回読んでも面白い逸品ぞろいだ。
「ウインディーネ」 フーケ/紀田順一郎
「フランケンシュタイン」 シェリー夫人/澁澤龍彦
「砂男」 ホフマン/種村季弘
「スペードの女王」 プーシキン/河野多恵子
「鼻」 ゴーゴリ/後藤明生
「黒猫」 ポー/田中小実昌
「ジキル博士とハイド氏」 スティーブンソン/大場みな子
「ヴィルジニーとポール」 リラダン/中井英夫
「オノレ・シュブラックの失踪」 アポリネール/高橋たか子
「変身」 カフカ/種村季弘
「鼻」 ある朝、男の鼻が忽然と消えていた。慌てた男は町に飛び出し鼻を探す。
すると、立派な身なりで馬車を乗り回している鼻を見つける。
意を決して鼻に話しかけるも、素気無くされて何とも悲喜劇。
「つまり、私はですな・・・・つまり私は、少佐なのです。その私が、鼻なしで歩くなんてことは・・・
おわかりいただけると思いますが・・・・なんとも不体裁な話じゃありませんか・・・・」
「何のことやら、さっぱりわかりませんなあ」
(中略)
「もっと、合点のゆくように話してみてください」
「しかし、いや、貴方が、強いて言えとおっしゃるのなら、申し上げましょう・・・・よろしいですか、貴方は、私の鼻じゃありませんか!」
鼻は、じろりと少佐を見た。そして心持ち眉をひそめた。
「お宅は何か思い違いをしているらしいな。私はこの通り、私なんだからね。」 (P122)
カフカの「変身」と同様に不条理をテーマにしているのだが、こちらの方がアッケラカンとしている。
日常なんて些細なことで崩れてしまう。私が私たるのも危ういもの。
解説によると、ゴーゴリは「死せる魂」の執筆に行き詰まり、作品の一部を焼却、食を断って43歳で死んだそうである・・・。
現実は壮絶だ。
「黒猫」 妻を殺した男が、よせばいいのについ調子に乗って余計なことして、それが元で事件発覚となる。
人間は上手くいくと、つい余計なことを言ったり、したりしてしまう。
また時として自らを窮地に追い込んでそのスリルを楽しむ。そしてしばしば、墓穴を掘る。
松本清張の「真贋の森」でも贋作者のちょっとした自尊心、仄めかしがある。
黙っていられないと言うのは人間の本能なのかしら?それは自己顕示欲であったり、他人に自分を理解してもらいたかったり。
虚勢を張る男の姿は弱く醜い。逆に一匹の黒猫のは厳然と存在し、プルートー(冥府の王)の名のごとく小説を支配している。
「オノレ・シュブラックの失踪」 絶体絶命、もう消え入りたいと思うと、身体が壁に同化してしまう。そんな能力を持った男の話。ラストは無機質な壁と人間の絶妙なブレンドで忘れがたい。
恐怖は幻想の母かもしれない・・。