好きな短編ありますか?

偏愛文学館??

『偏愛文学館』 倉橋由美子 (講談社)

今年6月10日に急逝した倉橋由美子氏。本書は自らが愛する本39冊を紹介したもの。

好き嫌いのはっきりした、歯切れのいい書評集。

私は自分の好きな作家が選んだ「マイベスト小説10選」や「ミステリー100選」みたいものが好きで、参考にして本を読むことが多い。

好きな作家が選んだ本だから、まず外れはない。

同時に自分が好きな本が入っていたりすると、その作家がどういう書評を書いているのかとワクワクする。ふむふむやっぱりね、とニンマリしたり、未読の本でこれは!と思うとチェックを入れたり・・本書もそういう読み方をして楽しんだ。

私の言う偏愛の条件にはいろいろありますが、形式的なことをあげてみると、それはまず再読できるということです。二度目に読む時に、いい人、好きな人と再開するのに似た懐かしさがあって、相手の魅力も一段と増したように思われる。そういうものが偏愛できる作品です。 (P152)

全くそのとおりだ。

次から次へと本を読んでいても、再読したくなってつい手にとる本は大体決まっている。

私は「おかえりなさい、また来たね。」と迎えてくれて、読めばたちまちいつもと同じ、その世界に浸れるような本が好きだ。

作家のプロとしての力量を知るには短編を読むのが一番です。それに読んで楽しく、冴えた料理のように味わえる小説といえば短編に限ります。時間の制約も分量の制約もなく、生涯かけて長大な小説を書くというのは、何かを創造することが暇つぶしであるような神様か、稼がなくてもよい貴族の御曹司か、大富豪か、あるいは泥をこねて遊んでいられる子供のすることでしょう。注文に応じて、分量と締め切りに厳しい制約があって、大人の読者を楽しませるために書いて、ちゃんと楽しませる小説 - これぞプロの書くべき小説です。 (P132~133)

ごもっともです。と言った感じ。

この文章はサマセット・モームの『コスモポリタンズ』のところにある。これは未読だからぜひ読んでみたい。

再読にもどってしまうが、短編は再読しやすい。ふっと読んでほどなく読み終えられる。

読みたい気分の決着がつく。

好きな作品だが『ドグラ・マグラ』に気軽には手が出ない。何かの折、気合を入れて、てな具合になる。

短編長編に関わらず、本を読む楽しみは、再読できる本に出会う楽しみかもしれない。