アングルの素描も見たかった。

やっと不調だったパソコンが復帰した・・

先日、横浜美術館で「ルーブル美術館展」を見てきた。

何といってもお目当てはアングルの作品。これだけ見られれば満足だ。

入り口にいきなり、アングルの「泉」があった。プロポーションに誇張のない均整のとれた美しさだ。完璧すぎるような人体。

このような瑞々しい乙女を76歳で描くアングルは凄い。

しかし、本当のアングルの魅力は均整のとれた美しさではないように思う。

自然から入って自然ではないものに作り替える。

「グランド・オダリスク」は明らかに、背骨が長すぎる。写実を装いながら写実を突き抜けている。グロテスクぎりぎりのデフォルメ。

そういうところに、アングルらしさがあるように思う。

新古典主義とされるアングルは、本質的にはロマン主義であるとよく言われている。

オリエンタリズムもその一つだが、「トルコ風呂」の一種異様な裸婦群像は、明らかに新古典主義ではあり得ない。

作品を目の当たりにすると、意外と暗く朦朧としている。

覗き窓の趣向だそうだが、中は詰め込まれた女達の肉、肉、肉という感じ。「ウジ虫のようだ」との酷評もなにかで読んだことがある。

けれど、なんて面白く魅力的な絵なんだろう。この刺激的な作品を描き上げたのが、「泉」より更に上の83歳というのも驚異的。ここに描かれた裸婦は、正に集大成なのだ。自らが描き続けた美しい女達のコレクションだ。

様々なポーズ、人種の違い、主従関係、それらが組み合わされた裸婦は絡み合って、いつまで見ていても見飽きない。

沸き上がるエロティシズムは、完結した一個の世界となって一つの窓の中に閉じこめられ、私たちは永遠にそれを覗き見る・・。

もう一点「スフィンクスの謎を解くオイディプス」も端正なオイディプスの横顔と緊張感みなぎる身体が美しい。

隣に展示してあるジェラールの感傷的な「プシュケとアモル」と比較すると、男性裸像の極め方の差が歴然としている。アモルの身体はまるで風船を膨らませたかのように見えた。

アングルの他で印象に残った作品はあまりなかった。

アングルの素描も見たかった。” に対して1件のコメントがあります。

  1. kyou2 より:

    >ワインさん
    予算の関係か、目玉の作品しかいいのがなかったような感じですね。
    横浜美術館でやる展覧会ってこういうのよくあるパターンです。
    以前来たダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」のときも、これだけに全精力傾けました!っていう展覧会でしたよ。
    ワインさんが、「ルーブル展」乗りの悪い感想だったのもなるほどなぁと思いました。

    >『トルコ風呂』のほうはなんだかやりすぎ!って感じで可笑しくなってしまいました。
    そうですね。分かる気がします。
    「描きも描いたり」の世界で、淫靡、醜悪、優雅、官能がまぜこぜですね。

    あとは、「植物画展」行かなくてはね。一緒に「小林古径展」にも行こうかと思っています。

  2. ワイン より:

    とうとうルーブル展行かれましたか。
    ひとつでも心惹かれる作品に出会えれば、行った価値ありましたね。
    アングルが老人になってから若い裸婦を描いたというのは、なんだかわかるような気がしますね。年をとってからますます若さへのあこがれが強くなるという、画家の気持ち。『泉』はわたしもとても好きです。『トルコ風呂』のほうはなんだかやりすぎ!って感じで可笑しくなってしまいました。83歳で描いたとは、さらにすごすぎ!

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