落とし穴
宮部みゆき責任編集『松本清張傑作短篇コレクション 中』 松本清張 (文春文庫)
注:若干ネタバレ的なところあり。・・面白さを損ねることは、全然ありませんが・・
前半は“淋しい女たちの肖像”として
『遠くからの声』 『巻頭句の女』 『書道教授』 『式場の微笑』
『遠くからの声』は、姉の恋人(後に夫)を愛してしまった妹の話。
愛した相手が悪かったのだが、それをいつまでも引きずって一人で堕ちていって何になる?
というのが率直な感想。
しかし義兄が義妹のそれを知った今、幽かに響いてくる自分を呼ぶ声は、甘美でもあり恐怖でもあろう。
いつか義兄は、その声を無視できなくなるのだろうか?
その後が気になる・・。
『式場の微笑』の主人公杉子は、働きながら着物の着付けの勉強をしている三十路間近の独身女性。
ある日、招かれた結婚式で見知らぬ中年男性と視線が合い、その男は彼女に一瞬のためらいの後、微笑みを返す・・・
他人の弱みを握ったとき、握った人間がどんな行動をとるか。-その人の品性による、という気がする。
杉子は孤独ではあったが、惨めではなかった。静かに自分の道を歩いていたに過ぎない。
きっと彼女の家には、さっぱりとした畳と、拭き込まれた机があるのだろうな。
淋しいからといって、心が貧しくなるわけではない。
後半は、“不機嫌な男たちの肖像”で
『共犯者』 『カルネアデスの舟板』 『空白の意匠』 『山』
『カルネアデスの舟板』は、気鋭の大学教授の転落譚。
-緊急避難の問題は古くから論ぜられている。
「カルネアデスの舟板」というのがある。カルネアデスは西暦紀元前二世紀頃のギリシャ哲学者である。大海で船が難破した場合に、一枚の板にしがみついている一人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいかという問題を提出し、身を殺して他人を助けるのは正しいかも知れないが、自分の命を放置して他人の命にかかずらうのは愚であるとした。・・・・・ (P350)
将来のない恩師と共に溺れて何になろう・・・彼は恩師を見捨てる。
時代の流れを読み、何事も計画を立て理詰めで成功をおさめてきた彼が、最後に、生理的嫌悪感にはあらがうことが出来なかった。それが人間と言ってしまえば、あまりにあっけないのだが。
思わぬところに落とし穴はあるものだ。
落ちてみないと深さは分からない。
“落とし穴” に対して1件のコメントがあります。
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>思わぬところに落とし穴はあるものだ。落ちてみないと深さはわからない。
そうですね、落とし穴というのは一見穴だとわからないから怖いんでしょうね。