一切は仮初(かりそめ)
『半島』 松浦寿輝 (文芸春秋)
主人公の中年男性、迫村の危うさ、あてどなさは人間がこの世で暮らしていく事とは、そういものである・・。と感じさせる。
文章は『花腐し』や『巴』のように独特のヒンヤリとした感触と、静かなエロティシズムがあるが、好みの別れるところ。
迫村は職を辞してS市に向かう。その地で出会う人、巡る場所はどこか夢の中の出来事のように非現実的だ。
奥まった内陸でもなくまた大洋に孤絶した島でもない半島という場所は、そうした曖昧な生のかたちを受け入れてくれるのにふさわしい器であるように思われた。 (P25)
この小説を象徴する文章だ。
生の確かな手応えとはなんだろう?そんな物は本当にあるのだろうか?
自分の影と話す迫村の、本当の自分はどちらなのだろう?
ある夜、真っ暗な海に漂い方向を見失う彼は、結局そう遠くへは行っていなかった。
自分では、相当に流された気になっていたにもかかわらず・・。
あとがきで著者は、『半島』を少しずつ書き進めていくのは私にとって悦楽に満ちた時間だった。と記している。
読者もしばし、空想の世界で遊べばいい。
時々は暗い迷宮に入り込んで、居心地の悪い浮遊感に浸るのも良いかな、と思わせる小説だった。