徒 然 日 記

04/1/31(木)

今日、デンドロビウムをUP。どうにか1月中に一作仕上げることが出来た。
ランを描くのは初めてだったけれど、流石に面白かった。描いていて飽きない。描き込み甲斐があるという感じ。今回は複雑な形、難しい白い花が課題だったが、形はもっと頭の中で整理して、立体感のある構造を理解すればよかったと思う。色については水彩の場合、基本的に白は使わない(紙の白が色となる)ので、塗り残すわけだが、ついつい陰で暗くし過ぎた所もある。
UPする時にラン科のことを調べたら、植物界最大の科とあり、デンドロだけでも1200種ほどあるそうだ。今回描いたものはお店でデンドロビウムとしか名前がなかったので「デンドロビウム・○○○」というハッキリした名前は分からなかった。 また是非ランを描いてみたいと思う。

『白夜行』東野圭吾(集英社)読了。久しぶりに一気に読めた。緻密な構成、絡み合う人間関係、昭和から平成の風俗や時代感などなど十分堪能できた。
大阪のある廃ビルで、小学生が殺人死体を見つける。主人公の桐原亮司は、その殺された人物の息子。当時5年生。もう一人の主人公、西本雪穂も同じく5年生。時をほぼ同じくして母親がガス中毒で事故死する。桐原の事件は迷宮入りとなったが、担当した刑事笹垣は犯人と真相を20年来追い続ける。
亮司、雪穂それぞれに人生を歩んでいくわけだが、次第に垣間見えてくるものがある・・
(う〜んネタバレになっちゃうのであまり言えないのがモドカシイ)
全体を通して、虚無感を感じた。途中、「白夜行」の意味がフッと、表にでる箇所があり、印象深かった。

東野圭吾は初めてで、この小説も良いとは聞いていましたが、予想以上。続けて読みたい作家になりそうです。f(^_^)ぽりっ


04/1/29(木)

『切り裂きジャック』パトリシア・コーンウェル(講談社)読了。ヴィクトリア朝のロンドン、かの有名な切り裂きジャックは、イギリスの高名な画家ウォルター・リチャード・シッカートであった。
著者はスコットランド・ヤードを見学した際、案内をしてくれた人物が偶然切り裂きジャック事件の権威だった事から、この事件に興味を持つ。膨大な資料に目を通し、専門家を派遣し、真相を究明して、シッカートが真犯人であるという証明をしていく。
詳しい犯行の状況が書かれているものを読むと、殺戮の凄まじさは全く常軌を逸している。精神異常者による連続殺人の恐ろしさが、ひしひしと伝わる。
家系、生い立ち、先天性の性器の異常など、幼年期のトラウマが何かの切欠で堰を切って、彼は連続殺人者となった。世の中で一番恐いものは人間だな、と思う。
去年東京で、ヴィクトリアンヌード展が開催され、その時彼の作品も来ていた。残念ながらシッカートの作品は忘れてしまったが。

テート美術館のウォルター・リチャード・シッカートの作品です。興味のある方は こちらをどうぞ。


04/1/23(金)

横浜のそごう美術館に「田中一村展」を見に行った。恥ずかしながら最近知った作家で、しかもこんな凄い人がいたのか、と思っていたところだったので、見逃すことなく行けて先ずは良かった。
50歳で単身奄美大島に渡り、孤高の画家を貫く。大胆な構図と強い色彩、精確な描写。日本画なのに奄美の植物が重なり合う画面は、何故かアンリ・ルソーの妖しく静かな森を思わせる。
初期の作品より、晩年の奄美時代の作品の方が色、形とも明確になっている。所謂水墨画調に枯れていないのだ。風情という言葉であやふやにしていない色と形。奄美の強い光の元で、植物が、鳥が、そのままであまりに美しかったのだろうと思う。
軍鶏を一羽描いた絵があった。すっくと立ち上がり、黒々と精悍なフォルム、鋭い眼、作者自身を写したように思えた。


04/1/21(水)

『鏡花小説・戯曲選 第六巻』泉鏡花(岩波書店)より『陽炎座』『第二蒟蒻本』『眉かくしの霊』読了。久しぶりに鏡花が読みたくなって読み返し。旧漢字・旧仮名遣い・総ルビで、独特のリズムのある文章は、思わず口に出して読みたくなる。
3編とも怪異譚。それぞれゾッとするような、色の白い瓜実顔の美人が登場する。何度読んでもその美しさを想像しながら読むのは楽しい。
現世の憂さを忘れさせ、一時幽玄の別世界に連れていってくれる・・鏡花の魅力だ。未読作も沢山あるので、少し続けて読んで浸ろうかな。

デンドロビウムを描いている。ミニサイズだけれどやっぱり綺麗。白い花びらに紅が少し入っている。でも、なかなか気合いが入らず、集中力もイマイチだ〜(-_-;)
無神経に描き込んで、白い花びらが汚れないように、注意しなくちゃね。UP出来る作品になると良いけど。


04/1/15(木)

『プードルの身代金』パトリシア・ハイスミス(講談社文庫)読了。人生なんて、ちょっとした切欠、弾み、気の迷いでがらりと変わってしまう。善人と悪人も時として紙一重。現実社会は不安定で危ういもの。これがハイスミスの小説の特徴のような気がする。
レイノルズ夫妻のプードルが消え、身代金が要求される。犯人は身代金だけをせしめて逃げる。新米警官のクラレンス・デュアメルはこの事件にふと興味を持って、自らかかわっていく。やがて犯人のロワジンスキーは捕まるが、クラレンスに嫌疑が及ぶ根も葉もないことを言い出し、彼を陥れていく・・。
というとクラレンスが全くの被害者のようだが、そこはハイスミスのこと、さにあらず。クラレンス自身の微妙な性格上の欠陥が見えてくる。私も、善人だが、未熟さと甘えのあるクラレンスがだんだん鬱陶しくなってきた。
登場人物一人一人の心理描写は流石。やりきれない感じはあるが面白かった。


04/1/12(月)

『魔の山 下』トーマス・マン(岩波文庫)読了。最終章第7章は「晴天の霹靂」。正に急転直下、主人公のハンス・カストルプは“魔の山”から平地へ戻る。
本書はここに至るまでの長い時間、ドイツの平凡なブルジョワ青年が、舞台であるダヴォスの国際サナトリウム、ベルクホーフにおいて、個性的で非凡な人々と出会い、右に揺れ左に揺れながら成長していく過程を描いた小説といえる。
中心的な人物は、先ず従兄のヨーアヒム、彼は節度を重んじる軍人であろうとし、規律と義務を体現している。またハンスの教育者を自認するセテムブリーニは、理性を重んじる人文主義者、民主主義者であり、フリーメイスン団員でもある。彼と論敵のナフタはもう一方の教育者、非合理主義者、ニヒリストのイエズス会員。この二人の論争は、読んでいて若干辟易とする・・。さらに二人を凌駕する存在のペーペルコルン氏、感情や生命力を第一とし、王者の風貌でベルクホーフに登場する。
またハンスを虜にするエキセントリックな美人、ショーシャ婦人。彼女はハンスを魅了した後あっけなく去り、下巻でペーペルコルン氏の愛人として戻ってくる・・。自ら結核患者である医師ベーレンス顧問官。等々
生、死、病気、時間、精神、自然、愛など人が生きていく上で、重要かつ困難な問題を徹底的に議論し、思考している。兎に角人間、思考しなきゃダメなのだと思った。「人生の書」といわれるに相応しい本だった。


04/1/5(月)

トーマス・マンの『魔の山 下』を明けてから読んでいたが、どうにもこうにも眠くなっていけない。高尚な内容で、素晴らしい作品であることは分かるが・・う〜んこんな事で時間を無駄にしてはならない。ならば絶対に外れなく面白く、一気に読める・・といえば宮部さんだ。
ということで、『我らが隣人の犯罪』宮部みゆき(文芸春秋)読了。表題作は中学1年の男の子と叔父さんが企てる犯罪?計画、といっても明るく小気味よく読後さわやか。他「サボテンの花」は6年1組の子供達と教頭先生のちょっといい話。全5編の短編集、どれをとっても好感が持てた。一気に読ませるのは流石、あっという間に楽しく読了です。
もう一冊は一癖、趣味っぽいタイプ『異界幻想 種村季弘対談集』(青土社)読了。7人の面々との対談集。特に面白かったのは、高山宏との「陽気な黙示録」、川上弘美との「鏡花、彼岸の光明」
前者では澁澤VS種村、それぞれの「終末」観、というのが面白かった。種村氏の“あらゆる「終末論」は、「終わり」の向こうを考えているんだよね。”との言葉が印象に残った。
後者では鏡花作品をアブノーマルだけでは終わらない、何か聖性の輝き、善悪の彼岸の光明であるとし、氏は“それが、鏡花に淫すると抜けられなくなっちゃうところだね。”と言う・・。もの凄く頷けた。
同じ対談集に『東京迷宮考 種村季弘対談集』(これは面白かった)、『天使と怪物 種村季弘対談集』(これは未読)もあります。


04/1/1(木)

2004年、今年は珍しく早起きだ。こんな風にHPの更新をする元旦も初めてのこと。
今日は何もやることがないので、やっとゆっくり本が読める。去年からの続きを早く読み進めたい。
今年も相変わらず、絵と本の事をつらつらと綴ることになる日記ですが、私なりの興味や好奇心や欲を持ち続けていたいと思っています。今年も宜しくお願いします。


2003/12月2月