徒 然 日 記

03/10/30(木)

「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ(河出文庫)読了。フビライ汗の寵臣となったマルコ・ポーロが様々な空想都市の報告をする。その都市の話は皆、奇妙で不思議で、時に箴言めいている。リアル感とメルヘンが混ざり合って独特な世界を作っているのは、先に読んだ「まっぷたつの子爵」と同様。こちらの方がより幻想的か。
たとえばエルシリアという都市では、家々の戸口から戸口に、親族、取引、権限、代理といった関係に従って白、黒、灰色、あるいは白黒の糸を張りめぐらす。糸が絡み合ってそこを通り抜けられなくなると、家は壊され、あとに残るのはただ交錯する蜘蛛の巣ばかり・・
またレオーニアという都市の繁栄は、毎日捨てられるゴミの量で測られる。清掃人夫は天使のように歓迎されるが、そのゴミの行方を人々は知ろうとしない・・。
所々に心に響く呪文のような、格言のような言葉があってハッとさせられる。魅力的な一冊でした。
今日、大きな園芸店に行って、ラズベリー、花オレガノ、クリスマスローズ等購入。初めて行った園芸店ですっごく楽しかった。ラズベリーは棘がついていて、ちょっと痛かったが、かき分けて実のついているものをゲットした。実がとてもきれいだったので、是非描きたいと思っている。


03/10/26(日)

「よくない文章ドク本」橋本治(徳間文庫)読了。まあまあのエッセイ集かな。
先週、「板谷波山展」に行って来た。横浜のデパートで開催しているもので何気なく足を運んだが、行かなければ大損するところ、危うく命拾いの心境だ。
青磁、白磁、天目、特に葆光(ほうこう)彩磁とよばれる、表面が艶消しの彩磁がすばらしかった。普通の彩磁に一枚紗をかけたような微妙な色合いになる。
作風は厳しく端正そのもの。一分の隙もなし、といった感じ。また「模様集」「花果粉本」がよかった。きっちりと描写したもの、アールヌーボー風に図案化したものどれも卓越したテクニックに見とれてしまった。このデッサン力にしてこの磁器あり、を実感しました。
陶磁器を見てこれほど感動したのは、精嘉堂文庫美術館の「曜変天目」を見て以来のことでした。


03/10/23(木)

「文人暴食」嵐山光三郎(マガジンハウス)読了。前作「文人悪食」に続くもの。「悪食」の方は近年になく面白かったが、「暴食」は私の好きな作家が少なかったせいかややトーンダウン。が、やはり好きな作家のところは興味津々。
自由に吐きもどしできる怪物はやっぱり南方熊楠、折口信夫は意外と油ぽいものが好きな潔癖性だ、「赤い鳥」の鈴木三重吉は、かの百けん先生も逃げるほどの、からみ酒・・
著者は10年を費やして2冊を書いている。その間の参考文献は巻末にあるが相当な量だ。人間が「食べる」ということの意味を問うた、兎にも角にも面白い本だ。


03/10/18(土)

やっと2作品UP。トルコギキョウは切り花で貰ったものを描いた。大きな作品はスキャナーで撮れないのでデジカメで撮るが、どうしても暗くなってしまう。実物はもっと明るいのだが・・。葉の色がとても美しかったので、あまり描き込みすぎないように色を大事にしたつもりなのだけれど。
ブルースターは鉢植えをお店で見つけて、あまりの空色の綺麗さにびっくりした。セルリアンブルーとターコイスブルーをまぜたような、明るい空色だ。枯れてくるとややピンクがかってきて、薄紫色になる。切り口からは、ゴムの木みたいに白いボンドのような液が出てきて、ホント指がくっつくほど。
同時進行で共倒れせず、どうにかこうにかゴール ♪└|∵|┐♪


03/10/17(金)

「鍵のかかった部屋」ポール・オースター(白水社)読了。「幽霊たち」に続く「ニューヨーク三部作」の3作目。
乳飲み子と妻を残して失踪した友人の本を出版することになった「僕」。失踪したファンショーとは実家が隣同士で、赤ん坊の時から一緒に育った仲だが、今は全く音信不通になっていた。彼に関わっていく「僕」は次第にファンショーの影に取り込まれてゆく。3作を通じて何か漠然とした喪失感や自己と他者の境界の曖昧さを感じる。上手くは言えないが、久しぶりに文学らしい文学を読んだという気がする。単にストーリーを追わせるのではなく、言葉の力、読む人に色々な想念を誘発し続ける力のようなものがあったように思う。
ファンショーとの思い出一つに、彼の父が死んだ日のことがでてくるが、その文章はとても美しく、悲しく、心に響いた。しかし「僕」が彼の存在とも、亡霊とも言えるものに脅かされていく様は、破滅的で哀れだ。
ファンショーの作品「どこでもない国」について、“きっとどこかに強い魅力があるんだ。しかも不思議なのは、その魅力が何なのか俺にはさっぱりわからない”と、ある男が述べる。オースターの小説こそ私にとってそんな小説なのだ、と思った。


03/10/14(火)

「幽霊たち」ポール・オースター(新潮文庫)読了。先日読んだ「シティ・オブ・グラス」に続く「ニューヨーク三部作」の2作目だ。
“まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。”という冒頭文が面白い。そして話は、ホワイトが探偵であるブルーにブラックを監視するように依頼する事からはまる。人物の名前がすべて色になっていることで、抽象的な感じがする。
監視を続けるブルーが、本当はブラックの方が自分を監視しているのではないか?と相互が微妙に融合してくるところ、「自分」というものが分からなくなってくるところが面白かった。いくつかの挿話が示唆に富んだもので印象に残る。記憶喪失になったグレーが、ある日グリーンとなってひょこり妻の元に帰ったり、偉大なホイットマンの脳味噌を落っことして、モップで履くだけの、ただのゴミになったり。何となく訳の分からない雰囲気の中で、言葉が結晶のように所々に光っている。
人生の儚さ、孤独な人間の頼りなさのようなものが染み込んできた。


03/10/12(日)

三連休の二日目。このごろちょっと忙しくて本も読んでいない。絵の方はたまたま切り花をもらったので、トルコキキョウ、ブルースターと二枚同時進行。「二兎追う者は一兎をも得ず」が頭にチラつく。^-^;アハ・・ガンバレ!
先週毎年見ている植物画のグループ展を見に行った。お目当ての人が一人だけいて、毎年楽しみに見せてもらい、勉強させてもらっている。


03/10/10(金)

「シティ・オブ・グラス」ポール・オースター(角川書店)読了。一言でいうなら、「奇妙な小説」という感じ。感覚だけが鋭くて実在感の全くない登場人物たち。ウイリアム・ウィルソンと名乗る作家のクィンは、ある夜探偵のポール・オースター当ての電話をうけけ、そこから人生が狂ってくる・・最後まで読むと、一瞬今までのはなんだったのだろう?という一種儚いような感覚を持った。


03/10/7(火)

楽しみにしていた「ルドゥーテ展」を見に行ってきた。有名な「バラ図譜」も勿論良かったが、「イギリス稀少栽培植物誌」の為の原画(水彩画)が特に素晴らしかった。黒の濃淡で描かれたペラルゴニウムは最初銅版画かと思ったほど硬質で、完璧に美しかった。画面の下に解剖図のごとく花(これのみ彩色)、雄しべ、雌しべ、が描き加えられていて、1ミリほどの雄しべまできっちり、整然と並んでいた。兎に角、勉強になりました。
その後、近くにある戸栗美術館にも足を延ばし、古伊万里などをゆっくりと眺めた。久しぶりにこの美術館に来たけれど、こぢんまりと静かで相変わらず居心地が良い。
「形象と時間」谷川渥(講談社学術文庫)読了。骨董、崩壊像、廃墟のモンス・デジデリオ、崩壊の詩学でのエドガー・アラン・ポーが特に興味深かった。結構難しかったので、理解できないところが沢山ありました・・(T.T)


03/10/2(木)

今日は、履かなくなったジーンズをショルダーバッグにリメイク。やっぱりミシンは楽しい。手仕事はあまり余計なことを考えないし、また適当に考えもするから良いのかもしれない。
私は絵を描いたり、洋裁をしたりする時、マンションについている有線をよく聴いている。といっても本好きのこと、大抵「朗読」だ。まぁ地味といえる。このごろ割と新しい作家のをやっていて今月は、月曜〜金曜日までは高野和明「13階段」土、日曜日は石田衣良「4TEEN フォーティーン」を中心に構成されている。けっこう面白い本で得した気分だ。(^-^)
「哲学者、かく笑えり」土屋賢二(講談社文庫)読了。友人が「軽く読めるよ」と貸してくれた本。
・・その通りでした。


9月11月